【森脇浩司 出逢いに感謝(12)】 オリックス監督時代はソフトバンク時代の教え子でメジャーで頑張っていた川崎宗則が欲しかったですよ。彼の存在こそがオリックスに必要だと思ったんです。
でも当時、アメリカで頑張っていたので声はかけなかったですよ。声をかけたら来たかどうかは分からないし、断るにしても相当なエネルギーを消耗していたはずでしょう。ブルージェイズでメジャーとマイナーを行き来しているような時期でした。ムネとは18歳でプロに入った時から縁のある選手で、走攻守において間違いなく戦力になる。オリックスは暗い印象があったし、勝ってないんだからしょうがない。ムネは明るいキャラクターなんだけど、雰囲気をよくするためだけじゃなく、そういうのはある程度のことができたうえでのことなんです。
オーダーに入ってポジションもずっとイメージしていましたね。でもここで声をかけることが正しいことかどうなのか…と思ってとどまったんです。
彼がアメリカに挑戦する2年前の2010年ごろ、僕はソフトバンクを退団してアメリカのセントルイスに行ったことがあったんです。カージナルスとマリナーズ戦が行われ、練習前にトニー・ラルーサ監督、ホセ・オケンド三塁コーチと話していたら、マリナーズのイチローがこっちに来た。共通の人物として川崎と仲がいい。イチローと川崎のメジャー挑戦のことを話していたら彼が「もう誰にも止められませんよね」と…。今までアメリカに来た日本人は成功したいから来たわけで、ムネの場合はアメリカでやりたいから行きたいと言っている。イチローに言われてやっぱりそうなのか、と思いました。
ムネは11年に海外FAを取得し、12年にマリナーズと契約した。その後はメジャー、マイナーを行き来し、僕からしたら苦労も多いだろうし、どうなのかと思っていた。でもあいつには目指すものがあるし、僕がオリックスに欲しいと声をかけることは親切ではない。もしオリックスに来たらチームとしてより前進していたはずでしょうけど…。
これは現実にオファーしたわけではないので僕の頭の中で描いていたものですよ。このチームと選手をさらに大きくするためにどういうプロセスが必要かと考える。その中の一手が、寺原隼人のFA移籍に伴う人的補償で馬原孝浩を獲得したことでもあった。ムネもそうだし、それぞれが成長していったと思います。
2012年から2年間、韓国のスター選手だった李大浩がオリックスでプレーしました。この選手は力強かったですよ。僕が監督1年目の13年はアーロム・バルディリスと李大浩の働きが大きく、チーム打率も上がり、借金2桁が当たり前だったのが1桁になったんです。
その2人のポイントゲッターがいなくなった。しかも李大浩はソフトバンクに移籍することになって…。チームとして痛かったですよ。












