最期に伝えたかったことは――。国民的スーパースター、〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が死去してから、1日でちょうど1年。一周忌の命日には、猪木さんの墓がある神奈川・横浜市鶴見区の総持寺に藤波辰爾、北斗晶&佐々木健介夫妻ら関係者や全国からファンが墓参に訪れた。
そうした中で目を引いたのが、元WWEのプロレスラーで「KENSO(ケンゾー)」こと鈴木健三氏(49)だ。共同テレビのプロデューサーとして、猪木さんが難病「全身性トランスサイレンチンアミロイドーシス」と闘う姿を2年にわたって密着取材。猪木さんがすべてをさらけ出したドキュメンタリー番組「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」は、NHK放送とNHK―BSプレミアムで放送され、大反響を呼んだ。
墓参後に取材に応じた健三氏は「すごくもっと前な気がする」と言い、死去直前のエピソードを初披露した。実は死去する4日前のこと、猪木さんから直々に電話をもらった。「猪木さんから『撮りに来い』と言われたんです。でも、ドキュメンタリー番組の契約上、7月いっぱいでここまでと締めて撮影を止めており、普通の会話で終わり流してしまった。最後の最後に何か言いたかったのかなと思うと、今はそれだけ後悔しています」
猪木さんの闘病生活は壮絶だった。「密着した2年間、いつも息がしんどそうだった。腰もすごく痛そうで、寝られなかったし。やっと痛みから解放されましたね、という思いが一番強い」と振り返りつつ「心臓が20%しか動かず、血中の酸素が低くて本当にダルそうにしていても、カメラが回ると血中の酸素を集めたかのように、パッと切り替わってくれる。本当に頭が下がりました」。闘病中の取材に猪木さんのプロ魂を見たという。
猪木さんと健三氏と言えば、2002年2月の札幌大会で猪木さんから新日本の現状を問われ「僕には明るい未来が見えません!」と叫んだのはあまりに有名。「晩年は〝おじいちゃん〟になっていましたが、それでも世界平和について真剣に考えている猪木さんが純粋で、好きでした。『心は移ろう』とよくおっしゃってました。『元気な時は世界平和を真剣に考えるけど、ちょっとでも痛いとかと思うと、もうダメと思ってしまう。心って弱いんだよ』と教えてもらいました。最期まで僕の先生でした」
いつ何時でも「アントニオ猪木」として闘い続けた師匠には、健三氏も感謝しきりだった。












