プロレス界が生んだスーパースター、アントニオ猪木さん(享年79)が死去し、10月1日で1年となった。命日にあたり、弟子の一人で〝元暴走王〟こと小川直也氏(55)が取材に応じ、亡き師への思いを語った。 

 小川氏にとって猪木さんは、柔道のバルセロナ五輪銀メダリストからプロレスへの道を切り開いてくれた恩人だ。プロ転向後は猪木さんのマンツーマン指導を受け「暴走王」として覚醒した。師匠とは紆余曲折があったが、2007年に猪木さんが立ち上げたIGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)で再び合流。小川氏最後の試合も16年2月のIGFのリングだった。

 小川氏は「1年は早いよね。正直、実感が湧かない。どこかで生きている気がするよね。俺が最後にお会いしたのが昨年7月。その2か月後に旅立っちゃうんだから…」。昨年7月11日に闘病中の猪木さんと面会したが、小川氏は猪木さんの詩「道」が書かれた垂れ幕に直筆サインをしたためてもらった。〝最後のサイン〟の入った垂れ幕は、現在も自身の主宰する小川道場(神奈川・茅ヶ崎)に飾ってある。

小川道場に飾られた垂れ幕。右下に猪木さん最後のサインが(提供写真)
小川道場に飾られた垂れ幕。右下に猪木さん最後のサインが(提供写真)

 小川氏によると「会長(猪木さん)は『次はステーキに行こう、すてーきに、ね』と言ってくださった。後で聞くと、実際、ステーキを食べられるようになって『そろそろ小川を呼ぶか』と言ってくれてたらしい」。その約束はかなえられなかったが「やっぱり、体力が持たなかったみたい。本人はつらかったと思う。だって、最期までスーパースターのアントニオ猪木でいなければならなかったんだから。でも病気に対してもそうだけど、最期までアントニオ猪木の生きざまを見せてくれた。それによって、元気づけられた人が多かったんだから、会長も本望だったろうね」と静かに語った。

 亡くなった日、弟子の中で最初に猪木さんと対面したのは小川氏だった。関係者の配慮からか、猪木さんが安らかに眠る部屋には、なぜか小川氏しかいなくなった。小川氏が猪木さんに手を合わせると、足元にあったテレビの画面ではテレビ朝日の追悼番組が流れ、猪木さんが豪快なブレーンバスターを披露していた。

「あれから1年だけど、やっぱり会長はどこかで闘っている気がするんだよね。だから最近はイベントに呼ばれると、俺も『元気ですかーっ! 元気があれば、何でもできる!』って叫んでいるよ。会長に代わってとはおこがましいけれど、少しでも伝えていけたらな、とは思っている」

 元暴走王はマット界から引退して5年がたつが「猪木イズム」は引き継ぐつもりだ。