ノアの天才・丸藤正道が「デビュー25周年記念大会」(17日、後楽園ホール)で新日本プロレスのIWGP・USヘビー級王者ウィル・オスプレイと記念マッチを行い惜敗した。新日本のトップ外国人選手との夢マッチ。丸藤への憧れを公言するオスプレイとの初対決は一瞬も目が離せない壮絶な展開となり、最後はストームブレーカーに散った。丸藤が「現在プロレスの完成形」と表現した通りに屈指の名勝負となった。
丸藤は節目の年にビッグマッチを行っているが、やはり忘れられないのは20周年記念大会(2018年9月1日、両国国技館)、当時WWEに所属していたヒデオ・イタミ(現KENTA)との再会マッチだろう。当時のWWEは他団体に選手を派遣することはなく、絶対に不可能と思われた一戦だったがノアフロントの熱意が実り、実に約5年2か月ぶりのシングル戦が実現した。まさにサプライズ中のサプライズだった。
『ノアの天才・丸藤正道が「デビュー20周年記念大会」(1日、両国国技館)で元KENTAことヒデオ・イタミ(WWE)と約5年2か月ぶりの一騎打ちを行い、丸藤が劇勝した。メモリアル大会は超満員6285人の観衆を熱狂の渦に巻き込んだ。二転三転の熱戦の末、最後は34分12秒、丸藤がポールシフト式エメラルドフロウジョンで最大のライバルから3カウントを奪った。丸藤は特例中の特例で参戦を認めてくれたWWE最高執行役員トリプルHに「感謝しています。恩返しがしたい」と語り、大「KENTAコール」を浴びたイタミは「懐かしかった。久しぶりに自分が求められているという実感があった。可能なら日本でまたこういう形で試合ができれば」と万感の表情で語った』(抜粋)
KENTAは試合後に「自分がこうして歓迎される場所をもう一度、探したいですね」と意味深な言葉を残した。結果的には翌年1月にWWEを退団。新たな戦場に新日本を選んだ。当時、丸藤は「それがあいつの選んだ道なら。プロレス界にいる限り、また再会するチャンスはあるだろうし」とライバルの再出発を祝福。KENTAはその後、新日本での地位を確立して現在に至る。
記者は2人がデビュー当時から取材していたが2人は対応の仕方が全く違った。丸藤は質問をぶつけると、よほどバカな質問でない限り、こちらの意図をくんで答えてくれた。KENTAは「というカンジで書きたいってことですよね」と言いつつ慎重に十数秒熟考して、言葉を選んで対応してくれた。「実は丸藤さんとは仲が良くなかった。人間的に合わない」と後日語っているが、2人の間には他人には分からない確固たる信頼関係があったのは明らかだった。本人たちは怒るかもしれないが、記者から見れば仲の悪い兄弟のようでもあった。
丸藤の予感通り、再会の日は思いもよらず早く訪れた。今年1月1日のノア武道館大会で、KENTAのノアラストマッチ以来実に約8年8か月ぶりのタッグが実現したのだ。かつての名チーム「丸KEN」コンビは小島聡、杉浦貴のGHCタッグ王座に挑戦。惜しくも丸藤が小島のラリアートに沈んだ。
丸藤は「懐かしかった。機会があれば何年か後にでも」と語った。KENTAは相変わらず素っ気なかったが、一時代を築いた名コンビの物語は終わってはいない。また夢の続きが見たい。
(敬称略)













