元ノアの鉄人・小橋建太が2013年5月11日に日本武道館で現役を退いてから今年で10年を迎えた。現在、東スポWeb「東スポnote」では、引退10年記念として小橋が引退直後に本紙に半生のすべてを語った連載「鉄人の告白」を限定復刻。全11回で最終回では最新インタビューと500行を超えるあとがきが掲載されているので、ぜひご一読ください。

 長い現役生活のハイライトは数えきれない。しかしもっとも感動的だったのは、腎臓がんを克服して546日ぶりに奇跡の復活を果たした2007年12月2日、日本武道館の復帰戦ではないだろうか。

 小橋に腎臓がんが発覚したのが06年6月29日、三沢光晴社長が緊急会見を開いて発表した。取材した記者も報告を受けたデスクの私も頭を鉄で殴られた衝撃を受けた。「右腎臓に4~5センチの腫瘍があり、悪性の可能性」とのことで小橋は長期欠場へ入る。7月6日に摘出手術を受けて無事に成功した。三沢は「必ず帰ってくるだろ。だって小橋だから」との言葉は忘れられない。

 くしくも7月16日には武道館で髙山善廣が脳梗塞を克服して707日ぶりに復活。小橋は髙山のパートナーを務める予定だったが、ここに佐々木健介が自ら代役に名乗りを上げた。小橋は7月29日に退院すると長期リハビリに入り、07年1月には爆弾だった両ヒザの手術も受ける。そして10月27日武道館のリングに登場し、自ら12月2日武道館での復帰を発表。カードは小橋、髙山組対三沢、秋山準組。復活には申し分のないカードだった。本紙は小橋の手記を1面、試合詳細も大々的に中面で報じた。

三沢には豪快なラリアートを叩き込んだ
三沢には豪快なラリアートを叩き込んだ

『誰もが叫び、涙した。午後7時23分、武道館の花道に小橋が現れると、嵐のような大「小橋コール」がわき起こった。この瞬間を誰もが待っていた。大歓声で聖地の天井が本当に揺れた。体つきはほとんど変わらない。いや、1年7か月の休養で剛腕の威力はさらに増していた。秋山に放ったあいさつ代わりのチョップを皮切りに痛快な鉄人ショーが幕を開ける。逆水平にノド弾、ローリング式。自慢のチョップを乱れ打ちだ。しかし“現役組”も黙ってはいない。秋山が腎臓部分にヒザを叩き落とし、三沢もどてっ腹にセントーンを炸裂。小橋コールが悲鳴に変わる。だが窮地に立たされてこそが、鉄人の真骨頂だ。拳を握りしめながら立ち上がった小橋は秋山にチョップを何と130連発! さらにムーンサルト。三沢に剛腕ラリアートを発射。しかしGHC王者・三沢もエメラルドフロウジョンから雪崩式のエメラルド弾を敢行。217発もチョップを打ち続けた小橋は27分7秒、ついにマットに沈んだ。だが完全燃焼した小橋はまさに恍惚の表情で花道を引き揚げた。鉄人はやはり鉄人であり、不死身だった』(抜粋)

 4人が手を組んで場内にアピールした瞬間、嵐のような歓声が巻き起こった。涙声も聞こえる。まさに“奇跡”を目前で見せられたような試合だった。この試合は東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」ベストバウトを獲得。小橋は年間わずか1試合で栄冠を手中にした。これは前例のないことだった。

 翌年から小橋はシリーズ限定出場を開始。試合後には限定サイン会も行われた。このサイン会は長蛇の列ができて数十分以上も要するほどだった。日本中が小橋の起こした奇跡に胸を打たれていたのだ。

 その後、右腕、両ヒジ、右ヒザなど2度にわたる負傷により長期欠場を強いられ、ついに12年12月9日両国国技館で引退を発表する。しかしあの夜、小橋が起こした“奇跡”はプロレスに永遠に語り継がれる最高のドラマだった。 (敬称略)