【昭和~平成スター列伝】史上最多の32選手が参加した新日本プロレス、真夏の祭典「G1クライマックス33」は後半戦を目前にし、連日熱闘が展開されている。優勝決定戦が行われる8月13日両国国技館大会に立つのは誰なのか、全く読めない混戦状態が続いている。
G1といえば第1回(1991年)の蝶野正洋から「世代交代」を象徴する戦場でもあったが、新日本のエース・棚橋弘至の初優勝(2007年)は様々な状況が重なり、感動的な初Vとなった。棚橋は団体が混迷期に入ってしまうと現在WWEで活躍する中邑真輔とともに奮闘を続けながら、再建へ導いて業界の盟主に復活する基盤を作り上げた。その契機となったのが07年大会の初優勝だった。
前年の06年7月15日にはIWGPヘビー級王者のブロック・レスナーが来日を突然キャンセルしたため、王座戦は中止。同17日に行われた空位の王座を争う新王者決定トーナメントを制して、初戴冠。混迷の状況でも涙ながらに「愛してま~す」と叫んだ姿は実に印象的だった。当時の棚橋はとにかく上を向くしかなかったのだ。
しかし07年4月13日には永田裕志に敗れて王座転落。右ヒザ半月板手術のために欠場を強いられ、満を持して臨んだのが同年のG1だった。G1制覇には縁がなく06年には天山広吉に史上初の全勝優勝を許し、前々年の05年には蝶野に史上最多となる5回目の優勝を許している。12選手参戦のブロック制でB組2位の棚橋は、決勝トーナメントでA組1位の真壁刀義を撃破。B組1位の中邑を撃破したA組2位のIWGP王者・永田と8月12日両国国技館の決勝戦で激突した。本紙は熱戦の詳細を報じている。
『意地だけが肉体を支えた。永田の重いキックを数十発も受けて骨がきしむ。棚橋は遠のく意識の中で魂の雄たけびを上げると、王者に立ち向かった。雪崩式エクスプロイダー、脳天砕き。王者の岩石落とし固めにも3カウントは許さない。16分過ぎには3発目のバックドロップを食らうも立ち上がる。最大のピンチを切り抜けると奇跡の反撃が始まる。ミドルキックを捕獲してドラゴンスクリュー5連発。王者のヒザを破壊した。決めるなら今しかない。だるま式ジャーマンから飛龍原爆固め。それでもゾンビのように立ち上がる永田。最後は全身全霊を込めた必殺技で引導を渡すしかない。棚橋はトップロープに駆け上がり、飛んだ。筋肉質の101キロの全体重を乗せたハイフライフローを叩きつける。19分2秒、粘る王者から3カウントを奪取すると国技館は大歓声に包まれた。30歳の棚橋は4月の王座戦で39歳の永田に敗れ、王座転落。右ヒザ半月板手術でどん底を味わうも、わずか2か月で復帰。真夏の大舞台で世代交代を完全に印象づけた。棚橋は「俺のやりたいことはプロレスというジャンルをてっぺんに上げること。それには俺たちの世代が大爆発しないと」と語った』(抜粋)
棚橋はこの勢いで同年10月に永田からIWGP王座を奪還。世代交代を遂げた後も、15年と18年にもG1を制覇。逆に新世代の壁となり続けた。初優勝後は中邑と団体の復権に全力を尽くし、オカダ・カズチカや内藤哲也が登場してからも、高い壁となり続けた。
現在46歳。多くの強豪や新鋭が登場し、新日本マットは豪華絢爛を極めているが団体がどん底だった時代に、体を張ってただひたすらに全力ファイトで復興を目指した姿を、ファンも関係者も絶対に忘れない。だからこそ何歳になろうがエースという称号は、永遠に棚橋のものである。 (敬称略)














