新日本プロレスの天山広吉(55)が、8月15日両国大会で引退することが11日に発表された。1990年5月の入門から実に36年にわたって新日本一筋を貫いてきた猛牛が、ついにリングを去る。引退試合の対戦相手に名タッグ「テンコジ」の盟友・小島聡(55)を希望する理由、そして体を張って守ってきたセルリアンブルーのマットで戦う後輩たちへのラストメッセージとは――。
4度のIWGPヘビー級王座戴冠、3度のG1クライマックス優勝と輝かしい実績を誇る天山だが、長年にわたる激闘の代償で近年はケガとの戦いが続いていた。首、腰、ヒザの負傷により満身創痍。昨年5月に腰椎と黄色靱帯骨化症の手術を受けたが、現役続行は不可能と自ら団体に申し出た。
会見後、取材に応じた天山は「『もうダメだ』と思ったことは何十回も何百回もあるんですけど、そのたびに『まだいける』って思いもあって…。いい時の残像が残っていて『あの時のように戻りたい』と思いながらやってきました」と葛藤を告白。体調面を考慮し、引退試合をしないという選択肢もあったが「ファンの大声援は頭の中でよみがえるし、感動というか興奮というか、それをまたもう一度味わうためにリングで試合をしてお客さんに見てもらって…。そうしたらまた奇跡が起きるんじゃないかという気持ちがあるんですよ」と仮に短時間のエキシビションマッチでも、最後にもう一度リングに上がる決意を固めた。
縁深い蝶野正洋のゲスト来場を熱望する一方で、最後の対戦相手には「〝いっちゃうぞ〟かな…」と小島を示唆した。「一番近くて、一番自分のことを考えてくれてるんです。欠場中もめちゃくちゃ心配してくれたんですよ。2~3週間に1回は『元気ですか?』って連絡くれて。心から自分のことを思ってくれてる大事な戦友として、コジと試合できれば」と理由を説明する。
あえてタッグ再結成ではなく、シングル戦を希望するのはなぜか。両者の対戦で有名なのは2005年2月の新日本両国大会、当時全日本プロレスの3冠ヘビー級王者だった小島とIWGP王者・天山のダブル王座戦だ。天山は時間切れ引き分けまで残り15秒の59分45秒で脱水症状によるTKO負けを喫した。「あれこそ本当に思い出したくない嫌な思い出なんですけど、いろいろな自分の歴史があって今がある。それを振り返るのではなく、前だけを見て最後の試合に突き進みたいっていう思いがあるんですよ。それができるのはコジしかいないのかなって」
新日本プロレス学校を経て、一度は夜逃げしながらも再入門。実に36年間、新日本一筋を貫いてきた。退団者が相次ぎ、格闘技人気に押され「暗黒時代」と呼ばれた00年代前半には、中心人物として団体を支えた。
「お客さんにバカにしたような感じの見方をされたりね。でも俺たちは真剣にプロレスで戦いを見せる気持ちでやってたから。何とかお客さんが来てくれるようになりましたけど、キツイ時代でしたよ」と振り返る天山には、未来を担う後輩たちに伝えたい言葉がある。
「だから今の選手も『新日本が一番だ』って思いながらやってほしいなって。海外もひっくるめて新日本が一番なんだって。新日本のリングで試合をする以上は、熱い戦いを見せてほしい。相手をぶちのめす、リングの上でやるかやられるかって試合をね」。海外団体への人材流出をはじめ、苦境が続く今だからこそ、誇り高く戦うべきだというのが天山の願いだ。
引退後は新日本に所属したまま芸能活動を継続していく予定。ファンから愛され、一時代を築いた猛牛は、レスラーとして最後の3か月間を全力疾走する。














