ラグビーのW杯フランス大会がいよいよ開幕した。前回の日本大会では史上初のベスト8入りを果たす歴史的快挙を挙げており、今大会でも躍進に期待がかかる。ラグビー出身のプロレスラーは多いが、元日本代表は国際プロレスのグレート草津と阿修羅原(いずれも故人)の2人のみ。とりわけ原は、日本人で初めて世界選抜メンバー(1976年のウェールズ100年祭)で左プロップに選ばれた屈指の名選手だった。

プロレス転向約1年で王座を獲得した原。ツルノの祝福を受ける
プロレス転向約1年で王座を獲得した原。ツルノの祝福を受ける

 

 77年11月に鳴り物入りで国際プロレスに入団。78年6月にデビューすると、同年7月から欧州遠征に出て12月に凱旋帰国し、79年5月6日後楽園ではミレ・ツルノからWWU世界ジュニアヘビー級王座を奪取。デビュー1年足らずで大きな仕事をやってのけた。

『国際プロレスにヒーローが現れた。期待の星・阿修羅原が初来日のミレ・ツルノに挑戦したWWU世界ジュニアヘビー級選手権はツルノが回転エビ固めで先制(5分58秒)して優位に立ったが、2本目は原が不用意なヘッドロックのスキをついて逆転のバックドロップ(4分4秒)。3本目は多彩な関節技で苦しんだ原はドロップキックで反撃するのみ。ツルノは一気に出てロープ最上段に上がりフライングボディータックルだ。しかしここに大きな落とし穴が待ち構えていた。ラグビーで鍛えた原は両肩でツルノをグイッと受け止めてしまった。ちょうど肩車のような形から、後ろに倒れ込むバックフリップ。ツルノは頭を打ち3カウント(5分43秒)。原は「うれしい。こんなにうれしいことはプロレス入りして初めて。負けなど考えず突っ込んだのがよかったと思う」と歓喜を表現した』(抜粋)

 原は翌7日富士大会でリマッチを行い、強烈なバックドロップを放つも自身も後頭部を痛打して立てず、両者カウントアウト(18分10秒)の末、初防衛に成功。同王座は9度防衛後にヘビー級転向のため、80年3月に返上した。

 ヘビー級転向後は「タフガイ」と呼ばれる武骨なファイターに変身。本領を発揮したのは全日本プロレス参戦後、80年代の天龍革命時代だった。

 原は盟友のミスタープロレスこと天龍源一郎が引退した2015年4月28日、長崎・雲仙市内の病院で肺炎のため68歳で亡くなった。くしくも同年9月20日には、W杯イングランド大会で日本代表が南アフリカを撃破して世界中を驚嘆させた。当時、引退試合(11月15日、両国国技館)を目前に控えていた天龍が「原が生きていたら誰よりも喜んであちこちからインタビューされていただろうな…」と切々と語った表情が忘れられない。

 今大会、日本は1次リーグD組に入り、苦戦が予想されるが、10日の初戦ではチリに快勝。18日には強豪イングランドと対戦する。原が左プロップとしてキャップを獲得した因縁の相手だ(初キャップはNO8)。きっと天から緑の芝生の上に降りてきて、うれしそうに大声を張り上げながら日本代表の背中を押してくれるに違いない。(日付はいずれも日本時間=敬称略)