31年間、一度も引退することもなく、各団体で活躍を続けた“女子プロ界の鉄人”がデビル雅美だ。

ジャパン時代、神取にスリーパーホールドを決めるデビル。鬼のような形相だ
ジャパン時代、神取にスリーパーホールドを決めるデビル。鬼のような形相だ

 高校を1年で中退し、1978年の全日本女子プロレスオーディションに合格して、同年8月21日にデビュー。池下ユミ率いる「ブラックデビル」に加入し、池下引退後は「デビル軍団」を結成して、タランチェラをパートナーにヒールとして暴れ回った。当時のライバルはジャガー横田、ミミ萩原。特にライバルのジャガーとはWWWA世界シングル王座戦で多くの名勝負を展開した。

 82年8月にはタランチェラとのコンビでミミ萩原、大森ゆかり組からWWWA世界タッグ王座を奪取。クラッシュギャルズと極悪同盟の一大抗争が日本中を熱狂させた時期も、上の世代として壁となり、85年12月にはダンプ松本との王座決定戦を制してWWWA世界シングル王座初戴冠。オールパシフィック王座との2冠王となった。この年の8月武道館ではオールパシフィック戦で長与千種の挑戦を受けるも両者KOの壮絶戦でドロー防衛。同年屈指のベストバウトとされた。

「25歳定年制」により87年に全女を卒業するとジャパン女子↓JWPへ移籍。パワフルなファイトを武器にダイナマイト関西、キューティー鈴木、尾崎魔弓らの壁となった。また化身である「スーパーヒール・デビル雅美」としての一面も持ち、WWEの“怪人”ジ・アンダーテイカーばりの怪奇派として絶対的強さを誇った。

 92年12月にJWP無差別級王座が新設され関西が初代王者になると、94年9月には「スーパーヒール」として王座を奪取(後に返上)。93年3月には関西との最強コンビでJWPタッグ王座を獲得。同王座は福岡晶、キューティーとパートナーを代え通算3度獲得した。

 97年にはスーパーヒールとして、当時ガイア・ジャパンを率いていた長与の持つAAAWヘビー級王座を奪取。2000年からはガイアに参戦、同団体が解散後はフリーとして活躍して、ハッスルでは「デビル夫人」というドンピシャのキャラで人気を呼んだ。08年12月には長与プロデュースの大会で31年間のキャリアにピリオドを打ち「スーパーヒール」は15年間無敗という記録を打ち立てている。まさに不世出の「女鉄人」だった。