1970年代から80年代の全日本女子プロレスで“悪の覆面王者”としてジャガー横田と激闘を展開したのがメキシカンのラ・ギャラクティカだ。

ジャガーに勝利して丸刈りにするギャラクティカ。ジャガーは堂々丸刈りになった
ジャガーに勝利して丸刈りにするギャラクティカ。ジャガーは堂々丸刈りになった

 77年に初来日。当時はビューティ・ペアが大ブームを起こしていた時期で存在感が薄かった。81年にはラス・ギャラクティカス(1号&2号)の“宇宙覆面コンビ”で再来日。2号と決裂した後にラ・ギャラクティカとなる。155センチ、60キロの小柄な体形ながら、卓越したプロレスセンスとスピードを誇り、メキシコの関節技(ジャベ)と空中殺法を駆使して、メキシコでもUWA世界女子王者に君臨した。

 ギャラクティカが一気に日本でブレークしたのが、83年5月7日、川崎市体育館で行われたジャガーとの「WWWA世界シングル選手権&マスカラ・コントラ・カベジェラマッチ」だ。遺恨がピークに達した両雄は日本初の試合形式で決着戦に臨んだ。ジャガーが負ければ髪の毛、ギャラクティカが負ければ覆面を奪われるという、メキシコでは定番の遺恨決着マッチだったが、初めて見る日本の女子プロファンには刺激的すぎた。

 しかも全女の至宝・赤いベルトをかけた王座戦となれば、盛り上がらないはずがない。試合は“怪物”モンスター・リッパーが何度も乱入し、ギャラクティカが最後はダイビングセントーンで勝利を決めた。ジャガーはファンが号泣する中、堂々と丸刈りとなった。純粋な「髪切りマッチ」はここから2年後の長与千種対ダンプ松本(85年8月大阪)まで待たねばならなかった。

 しかし6月のリターンマッチではジャガーがジャーマンスープレックスで勝利。ベルトを奪還するとルールを無視してギャラクティカのマスクを剥いでしまった。「女の命」を奪われた恨みは深かったということか…。

 84年9月にはジャガーのWWWAシングルとギャラクティカのUWA世界女子をかけた2冠戦でジャガーが勝利する。ジャガーはリマッチからWWWA王座を4度防衛して85年12月に引退。両者の激闘は全女を支えた黄金カードであり、母国に戻ったギャラクティカは50歳を過ぎても素顔のパンテラ・スレーニャとして活躍。女子プロ史に残る覆面レスラーだった。