ビューティ・ペアが解散した後に“無敵の女王”として全日本女子プロレスを支えたのが、ジャガー横田だ。 

 1977年6月28日大田区体育館の高橋真由美戦でデビュー。身長160センチながら卓越したプロレスセンスと強気な性格でメキメキと台頭。全日本ジュニア王座、全日本シングル王座を獲得して順調に成長を続けた。81年2月にはデビューわずか4年足らずで当時の王者ジャッキー佐藤を強引な押さえ込みでフォール。全女の至宝WWWA世界シングル王座を奪取して、世代交代を見事に完遂させた。

 この時期、団体はビューティが去った後の危機に面しており実力派のジャガー、アイドル派のミミ萩原、急台頭したデビル雅美の3人が中心となって全女のリングを支え続けた。ジャガーは女子プロで初めてジャーマンスープレックスを使った先駆者であり、クロスアーム式ジャーマン(ジャガー・スープレックス)もジャガーがオリジナルである。

WWWA世界シングル王座のベルトを巻くジャガー
WWWA世界シングル王座のベルトを巻くジャガー

 まさにストロングスタイルの見本のようなスタイルで2度のWWWA世界シングル王座戴冠を果たし、通算最長記録となる4年9か月を記録。伝説となった83年5月7日、川崎市体育館でのラ・ギャラクティカとの女子プロ史上初の髪切りマッチ(マスカラ・コントラ・カベジェラマッチ)では、敵軍セコンドの乱入もあってダイビングセントーンで敗退。ベルトを失い、ファンが号泣する中、丸坊主となった。

 86年2月15日川崎では肩の負傷を理由にデビル雅美と引退試合を行い、テレビ解説者やコーチ役で団体を支えるも、95年1月4日後楽園で正式に復帰。95年12月からは吉本興業が運営する「吉本女子プロレスJd‘」で選手兼コーチとして旗揚げから参戦。98年12月26日有明で2度目の引退に踏み切る。

 その後に再復帰を果たして2011年10月に井上京子率いる「ワールド女子プロレス・ディアナ」に入団。現役最古参女子レスラーとして、各団体で活躍を続ける。2度の引退を経ながらも実に45年以上も現役を続けており、現在61歳。まさに女子プロ界の“鉄人”だ。04年には7歳年下の木下博勝医師と結婚。一人息子も高校生にまで成長した。現在はプロレスと並行し、ワイドショー出演やSNSでの情報発信などで人気タレントとしても活躍中だ。