【田畑一也 千載一遇~「野村再生工場の最高傑作」と呼ばれた男~(8)】1991年9月6日。金曜日の朝に茶わんを片手に読んでいた北日本新聞のスポーツ面に掲載されていた福岡ダイエーホークス入団テストの実施要項を報じる28行のベタ記事は、僕にカミナリのような衝撃を与えました。子供のころから新聞にざっと目を通すのは朝の習慣でしたし、特に興味のあるスポーツ面はしっかり読んでいました。それでもプロ野球チームの入団テストの告知記事など、過去に目にした記憶がありません。
当連載の編集担当者は「前夜にプロ野球が3試合しかなく、紙面を埋めるために適当な行数だったのが、ダイエーの入団テストの記事だったのでは」と推察していましたが、だとすれば“運命のいたずら”だったのでしょうか。
実施は9月29日で会場は福岡市東区にある雁の巣球場、1次テストは50メートル走(合格は6・3秒以内)、遠投(95メートル以上)などの詳細に受験資格は18~22歳までの高校、大学在学中の男子で来春卒業見込みの者、アマチュア規定に該当しない社会人も受験できる…とありました。
中学生まで、ぼんやりと夢見ていたプロ野球。高校を卒業するころには職業として考えることもなく、社会人野球で生命線の右肩を壊してしまった僕にとって、縁のない世界だとばかり思っていました。しかし、そんな夢の舞台に上がるチャンスが目の前にある。そう思ったら、居ても立ってもいられませんでした。
テスト本番までは3週間ちょい。89年10月に北陸銀行を退職してから軟式球しか投げていませんでしたが、どうせやるならちゃんと見てもらいたかったので、走り込みにシャドーピッチングとやれることをやりました。
しかし、入団テスト直前になって予期せぬ事態が起きました。日本全土で死者62人、負傷者1261人を出した台風19号です。9月16日にマーシャル諸島の西海上で発生し、非常に強い台風となって同27日に長崎県の佐世保に上陸。山口県をかすめて日本海上を進んでいったのです。お隣の石川県輪島市で瞬間最大風速57・3メートルを記録。富山県でも小矢部市で強風の影響から14世帯、31棟を全焼する大火が起き、僕の住んでいた高岡市でも瞬間最大風速37・7メートルを記録しました。
問題は翌日です。つまりはダイエーの入団テスト前日。「田畑建工」で施工し、棟上げ式を終えたばかりのお客さんの立派な家が、ほぼ全壊してしまったのです。大工見習いの身だった僕でも放ってはおけません。しかし、父はひと言だけ「行ってこい」と。シビレました。最初は力試しぐらいのつもりで応募した入団テストですが、棟梁の後押しを受けた僕は「何としても受かりたい」と闘志を駆り立てられました。












