無名選手が世界の舞台へ。阪神から侍ジャパンに選ばれた昨年のホールド王、湯浅京己(23)は「感謝と誇りを胸に、たくさんのことを吸収し、自分自身も成長しながら世界一に貢献できるように精いっぱい頑張る」と意気込んだ。
野球を始めたときから「将来はプロで、ジャパンに入る選手に」と公言していた夢を現実のものにした。とはいえ、歩んできた道のりは理想とは遠くかけ離れたものだった。昨年のブレーク以前は2021年に一軍で3試合、計3回を投げただけで防御率18・00。ドラフト指名順位も6位と低かった。
福島・聖光学院高では腰痛に悩まされ、3年夏の甲子園もメンバー外。それでも夢を諦めきれずに進んだ独立リーグ・富山で残る記録は登板15試合で3勝7敗、防御率5・72。球速こそ150キロを超えたが、計74回で54奪三振と並んだ数字はプロが注目する水準にはほど遠く、担当の筒井和也スカウトも「支配下で獲るのは勇気がいりました(笑)」と明かす。
「何しろ実績がない。ドラフト当時は19歳で、甲子園でもベンチ外。独立リーグでも防御率6点台近く。『いい』と思ってもなかなか…ヨソが6位で、という話があっても『それならウチは5番目で』とは言えない投手。素材系ならどの球団でも『育成で』となるし…。(大成するか)分からなかったですから…」と不安だらけだったという。
それでも筒井スカウトはドラフト直前の会議で「必ず支配下で」と猛プッシュした。理由は大きく2つ。いずれも、湯浅のプロ入りへのあり余る情熱によるものだった。
独立リーグ1年目から「入れるのであれば、どこでも…」と複数球団の入団テストを受験。ヤクルト、楽天、日本ハム、西武、オリックス…水面下でその名が広まっていたことに「育成では残ってないかも…」と、筒井スカウトはひそかに危機感を抱いていたという。
一方で「個人的には、一番欲しいと思えるタイプ」と、湯浅の物おじしないキャラクターは強烈なインパクトを残したという。ドラフト前に独立リーグ球団が各球団に設けた本人との面談の機会では〝みなぎる自信〟の前に圧倒された。筒井スカウトが振り返る。
「何からきてたんでしょうね…あの自信は(笑)。本人はプロ入り前からプロに入ったら、どうする、こうするとか、全てイメージできていて。それをとうとうと僕に話してくれて。面談は15分だったんですが、気づいたときには45分」。大幅な制限時間オーバーに、待たされた他球団のスカウトからは「長ぇよ!」と突っ込まれたそうだ。
プロ入り後もたび重なるケガに悩まされたが、努力と鉄の意志でセットアッパーのポジションを射止め、ついに夢の舞台までたどり着いた。「湯浅物語」の続編は、3月に封切り予定だ。












