第5回WBCに出場する日本代表メンバーが26日に正式に発表された。ダルビッシュ(パドレス)、大谷(エンゼルス)、鈴木(カブス)、吉田(レッドソックス)らに加え、日系選手で初となるヌートバー(カージナルス)を含めると実に5人のメジャーリーガーが名を連ねた。「史上最強侍」の呼び声も高いメンバーとなったが「もし、あの選手が出場していたら最強だったのに…」という年がある。今回同様、5人のメジャーリーガーが名を連ねた2009年の第2回大会だ。
巨人・原監督が代表監督を務めた同年の代表メンバーはイチロー(マリナーズ)、松坂(レッドソックス)、城島(マリナーズ)、岩村(レイズ)、福留(カブス)らがが出場し、2大会連続で世界一に輝いた。
当初、この大会で「4番・DH」を期待されていたのが、ヤンキースの松井秀喜。当時の年齢は34歳。第1回大会(06年)の出場を辞退していたこともあり、松井自身も「できることなら出場したい」との意欲を示していた。イチローとの「最強コンビ結成」が大いに期待されたのだが…。
その時の松井は08年シーズン終了直前に左ひざの手術を終えたばかりでリハビリ中。前年オフには右ヒザにもメスを入れていた。故障者に関しては所属球団がWBC出場可否の決定権を持つルールがあったため、08年11月23日にヤンキースのキャッシュマンGMが「マツイはWBCに出場できないだろう」と明言。こうして年齢的にもラストチャンスだった松井のWBC出場は消滅した。
あの年、松井がWBCに出場していたら、どうなっていただろう。「1番・イチロー」「4番・松井」がとてつもない相乗効果を生み出し、圧倒的な強さで世界一になっていたかもしれないし、逆にイチローとぎくしゃくして、世界一になれなかったり、自身の選手寿命をさらに縮めることになっていたかもしれないが…。それでも〝最強感〟は今大会以上ではなかったか。松井とイチローが同じユニホームを着て世界と戦う姿を「見たかった」というのが正直なところだ。












