「2022年度プロレス大賞」で年間最高試合賞(ベストバウト)を初受賞したのが、新日本プロレスのウィル・オスプレイ(29)だ。オカダ・カズチカとのG1クライマックス決勝戦(22年8月18日、日本武道館)で英国人として史上初の同賞受賞。1月4日東京ドーム大会でケニー・オメガに敗れる屈辱の幕開けとなった23年にかける思いと、実現を熱望するドリームマッチについて激白した。

 ――2022年を振り返って

 オスプレイ とても濃い1年だった。大変なこともあったからこそ、充実していたと思う。まだコロナの影響で隔離や、移動の難しさもあったが、そんな中でもIWGP・USヘビー級王座を取った。俺は新日本をもっと注目させたいという目標を持っていたし、それを達成できて満足している。

 ――プロレス大賞初受賞の感想は

 オスプレイ 毎年発表を見ているし、授賞式に出たかったから、それがまだできなくて残念だ。本当だったら19年に鷹木(信悟)との試合がベストバウトに選ばれるかなと思っていたんだけど、残念ながら取れなかった。でも今回、声援のない中でベストバウトを受賞できたのは、すごく意味があると思っている。

G1クライマックスの決勝戦がベストバウトに選出された(2022年8月)
G1クライマックスの決勝戦がベストバウトに選出された(2022年8月)

 ――英国人では初のベストバウト受賞

 オスプレイ スタン・ハンセンやハルク・ホーガンのようなレジェンド、そしてケニー・オメガやプリンス・デヴィット(現WWEフィン・ベイラー)といった、殿堂入りクラスの選手たちと同じところに名前を連ねることができて、とてもいいプレッシャーになった。英国のプロレスをもっと注目させたい思いもあるので、実力を証明できてうれしい。

 ――ベストバウトへのこだわりは

 オスプレイ プロレスは十人十色。あらゆる団体が努力していい試合をファンに見せようとしている。そんな中で「この試合が一番だ」と思わせることは、新日本が団体としてプロレス界の代表だと認められている気がして光栄だ。

 ――23年の目標

 オスプレイ 日本もやっとコロナ禍から抜け出して、会場で声援が出せるようになってきた。俺は新日本プロレスにまた世界一の団体に戻ってほしいと思っている。ベストバウトは受賞できたが「G1クライマックス」の決勝戦が満員にならなかったことは、とても悔しかった。今年は全部の会場を満員にさせたい。もちろん東京ドームもね。

 ――1・4ドームではケニーに敗れUS王座陥落。リベンジへの思いは

 オスプレイ もちろん。ケニーが試合後にツイッターで「情熱をリスペクトしている。お前を許してあげるよ」と書いていたんだけど…。それを読んだら腹が立ってきてね。別に許してもらいたくもないし、俺が欲しいのはUSのベルトだ。

 ――試合後は「あと1年だけ犠牲を払う状況に身を置く。そこから先は俺の勝手だ」とも発言

 オスプレイ この2年、俺はケガでIWGP世界ヘビー級王座を失ったり、去年は腎臓の病気で本当に死にかけたり、そういう困難を乗り越えて精一杯働いてきた。そしてついに東京ドームで世界が注目する試合にたどり着いたんだけど、完敗してしまった。本当に悔しすぎる敗北だった。だから自分で厳しい目標を設定しなきゃいけなかった。「やるのか、死ぬのか」。この1年間は、自分がトップに戻るだけでなく、新日本を世界のトップに戻す。それだけの思いをもってこの1年やっていくという意味で、自分ならできると思っている。

雪辱への思いを明かしたオスプレイ
雪辱への思いを明かしたオスプレイ

 ――US王座以外に取りたいタイトルや、戦ってみたい相手は

 オスプレイ もちろんIWGP世界ヘビー級は欲しいよね。戦ってみたい相手は丸藤(正道=ノア)だ。子供のころから好きだったし、とても影響を受けた選手だから一度は試合をしたい。あともしまたスターダムと合同興行があるならAZMと組むか戦うかしてみたいね。俺は何度もスターダム道場を訪れてるし、彼女が14歳の時から見ている。プロレス界の娘みたいな存在だ。もしそれらの試合が実現したら、2年連続ベストバウトもイージーだよ(笑い)。

 ☆ウィル・オスプレイ 1993年5月7日生まれ。英国エセックス州出身。2012年にプロレスデビュー。15年10月、新日本プロレスの英国遠征でオカダ・カズチカと対戦する。16年4月、両国大会で新日本マットに初参戦。17年10月に当時王者のKUSHIDAを破りIWGPジュニアヘビー級王座を初戴冠した。22年6月、SANADAを下し空位となっていたIWGP・USヘビー級王座に輝く。ユナイテッド・エンパイア所属。185センチ、105キロ。