【今村猛 鉄仮面の内側(1)】2009年春のセンバツでは長崎・清峰高のエースとして優勝投手に。プロ入り後はリリーバーとして16年からのカープ3連覇を支えた。そして21年オフ、まだ30歳という若さで12年間の現役生活にピリオドを打ち、まだ先の長い第2の人生を踏み出した――。広島OB「鉄仮面」こと今村猛氏(31)が、その野球人生と、今後の人生について思いを語った。
まだ人生を振り返るような年齢ではないんですけどね。あのころが一番楽しかったですね。まだ25歳でしたけど「ああ、いい人生だな。今、人生が終わったとしても納得できるかも」と思ったくらいです。あの時点で本当に満足。いろんなことが詰め込まれすぎでした。
16年9月10日、カープナインと全国の鯉党が歓喜に沸きました。25年ぶりの優勝に向け、マジック1で迎えた東京ドームでの巨人戦。先発はこのシーズン限りで引退する黒田博樹さん(元ドジャース、ヤンキース)でした。絶対に今日、勝たないとダメじゃんという状況が揃っているな…と思ったのを思い出します。
初回に巨人・坂本勇人さんの2ランで先制されましたが、鈴木誠也の2打席連続本塁打などで逆転。黒田さんは6回3失点で7回から今村猛、ジャクソン、中崎翔太の必勝リレーで優勝の瞬間を迎えました。
「セットアッパーとして優勝に貢献してくれた」と周囲から評価していただきました。今でもそう言っていただけるのは本当にありがたいです。黒田さんからも「優勝に貢献した輪の中心にいてくれた」と言っていただけました。
数字的にあのシーズンは67試合に登板し3勝4敗2セーブ、22ホールド、防御率2・44とそれなりの成績を残せたと思います。ただ、僕個人の感覚としてはまったくそういうのではなくて、ちょっとハマったピースの一枚なだけで、中心とまでは思っていません。
というのもその前の2年間、僕はカベにぶち当たっていました。14年は17試合の登板で防御率は4・35。15年は21試合で3・46という内容です。一、二軍を行ったり来たりしていました。
正直、2年間、何もやっていないという思いがありました。もっと言えばプロ野球選手として、もう終わりかな…という気持ちさえありました。なんだったらサイドスローにフォームを変えるか、くらいの覚悟を持って別のことに取り組もうと思っていたほどです。
そうして臨んだ7年目の16年。もともとプロ2年目から肩に痛みがあったので、コンディショニングにも気を使っていました。それでも状態がいつ良くなるかも分かりません。
何かを変えなきゃという気持ちを持ちつつ、どちらかというと基礎体力の強化というより野球頭を鍛えようという考えに至ったことを覚えています。
あのシーズンは体自体も変わりましたし、考え方も変わりました。当時は140キロ台後半の直球を投げてはいましたが、その球速を落としてでも球の質を良くすることを求めてキャンプに取り組みました。そして質のいい直球を投げられる確率を上げることに取り組みました。それがうまくいったというのはありましたね。
優勝時には投球スタイルとしては完成に近い状況にありました。考え方と体が一致したのがそのころでした。チーム全体的な調子もいい。今年やらないとダメだ。そこに黒田さんと新井さんもいる。その輪に入れる楽しさもあり、個人としてはがむしゃらに投げていました。
あれからまだ6年なのに。野球をしていないのが不思議な気持ちでもあります。時の流れは早いものですね。












