【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「自分にとっては、簡単な決断だった。息子の出産に立ち会う、きっと何度でも同じ判断をする」
2021年11月2日、大リーガーにとって最高峰と言えるワールドシリーズ(WS)優勝の瞬間を、病院で迎えた選手がいる。ベネズエラ出身のエイレ・エドリアンザだ。
ブレーブスがWSに駒を進めた時、エイレの妻ビアリマーさんは第2子の出産を間近に控えていた。
「当初、帝王切開の予定日は、第3戦(10月29日)だったんだ。WS進出が決まった段階で、彼女が3日なら待てると」
エイレとビアリマーさんは、いわゆる「ハイスクール・スイート・ハート」。高校の同級生で15歳の時から付き合ってきたが、今年10歳になった娘スカミラちゃんが生まれた当初、エイレはまだマイナーリーグを駆け上がっている最中で、家族を地元に残していた。
「ハイA(2Aの下のクラス)のサン・ホセでプレー中のシーズン真っただ中の7月20日に娘は生まれたんだけど、当時の給料では妻をアメリカに連れてくる資金が足りなくて。ベネズエラは安かったから、彼女と娘を養いながら、こっちへ来た時の貯金もすることができた。妻と話し合って納得していたことだけど、やっぱり少し悲しかったね。妻のそばにいてあげたかったし、娘に会いたかった」
40人枠に入っていたため4000ドルほどの給料だったはず、とエイレは振り返ったが、もらえるのはシーズン中のみ。自分の生活費、家族への仕送りの他にご両親の面倒も見ており、それでよく貯金ができたものだ。
「母も父も働いていたけど、2人はすべてをかけて僕を育ててくれたから、恩返しをしたかった。ありがたいことに、大リーグ1年目で、妻、娘、両親のために家を買うことができたよ」
時は14年、ルーキーだったエイレは、WS制覇したジャイアンツの一員だった。大リーガーは、優勝賞金がもらえる。当時のシェア約38万8000ドルを頭金に家を購入したのだった。
「優勝する経験、どんな気持ちなのかを知っていたことは、大きかったね。第5戦後に妻から電話で『もう待てない。ドクターも、もう産まないとダメだって』と言われ、すぐ監督に相談へ行った。GMともども後押ししてくれたよ。アストロズ本拠地での第6戦はア・リーグだから、自分の役割であるピンチヒッターやダブルスイッチは出番がほぼない。後でファンから少し批判の声もあったんだけど、僕には家族以外を選ぶことはできないよ」
ブレーブスはその日、7―0の圧勝で優勝を決めた。時刻は夜11時半ごろ。長男デレク君は、翌朝の9時半に誕生した。
「妻の側にいられたこと、病院で試合を一緒に見られたこと、ベイビーボーイを迎えられたこと、すべてがうれしかった。トロフィーの写真もパレードにも出られなかったけど、その価値はあったよ。2021年は、米国の市民権を獲得し、WSを優勝し、息子の誕生と、人生でこれ以上にない最高の1年だった」
穏やか、シンプル、聡明。真っすぐで優しい空気感が数か月たった今でも思い出せるほど印象的なエイレ。1年前からマイアミ・デイド・カレッジでスポーツマネジメントを専攻し「野球は永遠にできないから、いずれリタイアした時に備えて。少し野球と離れられるし、学ぶのはとても楽しいんだ」と、シーズン中も月水金の朝8時から11時50分まで、オンラインでクラスを受講していた。
夢をかなえる舞台、ワールドシリーズ。その裏にある人間模様がとてつもなく好きだ。
☆エイレ・エドリアンザ 1989年8月21日生まれ。33歳。ベネズエラ出身。185センチ、74キロ。右投げ両打ちの内野手。2006年にアマチュアFAでSFジャイアンツと契約してプロ入り。13年9月にメジャーデビュー。代走や守備固めなどの起用を経て、17年からブルワーズ、21年からブレーブスでプレー。同年のワールドシリーズではチームが3勝2敗と世界一に王手をかけた際、出産に立ち会うためにロースターから外れた。22年はナショナルズで開幕を迎えたが、8月にブレーブスに復帰した。大差がついた敗戦処理の代役投手として、3試合に登板した経験がある。












