【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「あの時は、初めて大リーグでフルシーズン過ごせた年でいっぱいいっぱいだったから、いろいろ聞かれても分からなくて困ったんだよ」
今年3月中旬、スプリングトレーニング中にエンゼルスと再契約したカート・スズキと思い出話に花を咲かせる時間があった。
エンゼルスでシーズンを通して会うようになって分かったのだが、カートは決して笑顔を絶やさぬ人格者。一度だってコメントを断られたことはないし、多くの人に慕われ、ハワイアンエネルギーで周りを明るくしてくれる人。
そんなカートがルーキーだった2008年、日本で開幕戦(レッドソックスVSアスレチックス)を迎えた時、名字が「スズキ」であることからやたら日本メディアに注目され、明らかに不機嫌だった。だからこの15年間、日本の質問は避けてきたのだが、カートは「確かにそんなことあったね!」と懐かしそうに笑った。
「日本といえば、2008年と12年の2度、開幕戦で行かせてもらったよ。12年には父方の祖先と会えたんだよ。祖母のいとこの家族なんだけど、みんな父にそっくりでさ!」
日本語は話せないが、地元には日本人の友人も多く、祖母の影響で日本文化にも触れて育ったカート。
「自分でもカレーなら作れるけど、うちの祖母が作ってくれたカレーが世界一おいしかったんだ。祖母は、パスタの下にライスを敷く人だったんだ。だから自分は、ミートソーススパゲティの下にはライスがあるものだと思って育った。カツもおいしかったな。祖父が酢の物担当でさ。母が大事にレシピを継承しているから、今でも祖父のおいしい酢の物が食べられるんだ」
「ハワイのいいところは、とにかく食べ物がたくさん! 集まりにはフード、フード、フードって、そこら中にあるから、地元に戻ると必ず太って帰ってきちゃう。大好物はラウラウ。タロイモの葉に豚肉を包んで蒸した伝統料理。普段は超健康志向で食べ物に気をつけているんだけど、ハワイに行った時だけは制限なしでいいことにしているんだ」
人生大事なのは「ファミリー」と「食事」だね、などと大いに盛り上がった後で、実はこの時から今季限りの引退を考えていることも教えてくれた。
「今季、戻ってくるか分からなかったから、オフは久しぶりにサーフィンをしたんだ。15年ぶりかな? 契約中は、サーフィンが禁じられているけど、FAだったし、レドンドビーチから数分のところに住んでいるし、契約前の今のうちに!って。カリフォルニアの水は冷たいからウエットスーツを買ってさ。週4くらい、時々子供たちも連れていって。楽しかった。イルカやコククジラに会えたりもするんだよ。いい意味で、体もキープできたと思う。もう1年、やるからには健康を維持し、勝ちたいね。メインは楽しむこと。野球はゲームだから、楽しんだ方が結果が出る。あとはショー(大谷翔平投手)が何をやるかも見たいね」
夢の中でさえ大リーガーになると思ったことがなかったハワイアンから、16年ものキャリアを築き上げたカート。
「幸運だったね、本当に。当然、努力はしてきたけど、細心の注意を払いながらもケガをする仲間もたくさん見てきた。どこかで運が味方してくれたと思う。自分が4年目のころに生まれた最初の娘ももう11歳。びっくりだよね。これほどの時間を現役で過ごせたことをとても幸せに思うよ」
寂しくなるが、残りのシーズンを、心おきなく過ごしてほしいと心から思う。
☆カート・スズキ 1983年10月4日生まれ。38歳。米国ハワイ州マウイ島出身。祖父母が愛知出身の日系アメリカ人3世。右投げ右打ちの捕手。2004年のMLBドラフト2巡目(全体67位)でアスレチックスから指名を受けてプロ入り。07年6月にメジャーデビューし、正捕手の座を射止める。12年シーズン中にナショナルズへトレード移籍。13年シーズン中にアスレチックスへトレードとなり復帰すると、同年オフにFAとなりツインズへ。17年からブレーブス、19年からナショナルズ、21年からはエンゼルスでプレーしている。











