悩める大砲に元世界王者から“ダイナマイトエール”だ! 巨人の中田翔内野手(33)は打撃不振から6日に今季2度目の二軍落ちとなった。現在はファームで再起を期して汗を流しているが、オールスター戦のファン投票では8日の中間発表でセ・リーグ一塁手部門のトップに躍り出るなど人気は高い。ボクシングの元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者で現解説者の内山高志氏(42)も復活を願う一人で、旧知の仲である後輩アスリートに熱いメッセージを送った。


 ――中田と出会ったきっかけは

 内山 以前に仲間たちと札幌旅行に行きましてね。その時にいた僕の仲間が翔くんとか(楽天の西川)遥輝とかと仲良くて、その縁で飯を食ったり飲んだりしに行ったという感じですね。僕が現役で、7、8年前ですかね。

 ――初めて会ったときの印象は

 内山 やっぱりもうゴツいなと(笑い)。本当に。すげえ迫力ありますよね。

 ――見た目に反して、実は人懐っこい

 内山 そうですね。仲間と遊んでいるときも、そんな感じですね。壁を作らないというか。それに熱心で野球が本当に好きなんだなと。後輩思いですし。ある時食事に行った際も、後輩の選手がいたんですが、動画を見せながら『ここがこうでどうしたらいいですか』と聞いていて。それに翔も、みんなが飯を食っているときもずっと教えてあげていて、アドバイスもしていて。ちゃんと後輩にも目をかけているんだなと思いましたね。

 ――オフに中田が沖縄・石垣島で行った自主トレにも参加していた

 内山 あれは僕がたまたま石垣島に行くとなって、それで「いついつ見に行ってもいい?」「来てください~」って。

 ――インスタグラムでは「バッティングコーチ」と呼ばれていた

 内山 いやいやいや、あれはふざけているだけです(笑い)。僕が教えに来た、みたいな感じでウケ狙いで撮っただけなんです。

 ――自主トレには巨人の後輩、秋広も志願で参加していた

 内山 あのデカい子ですよね、規格外の。翔が並んだら小さく見えちゃう(笑い)。確か同じポジションですよね? なのに一緒に合宿をやるというのは、翔の器がデカいなと思いますよね。普通だったら一人で努力してほかに教えず『自分がもう一回レギュラー取りたい!』って気持ちになるはずなのに、それを押し殺して後輩を連れていくっていうのは器だなと思いますね。

 ――内山さんも子供のころに野球をしていた。ボクシングと共通する部分はあるか

 内山 やっぱり、パンチを打つときも手で打たない。野球も脚のひねりというか、股関節から太ももの使い方が大事というので、スイングの回転の仕組みとかは似てるなと思いますね。

 ――中田の恵まれた体格や動きを見て、格闘技のセンスはあると思うか

 内山 ありますね! やっぱり野球であの体格で一流になってる人たちは運動神経100%いいですよ。野球なんて本当に小さいころから、むちゃくちゃ人口多いじゃないですか。そこから小学校、中学校、高校、大学って、振り分けられて振り分けられて最後に残った人たちがプロなんで。だから運動神経なんてすごいと思いますよ。プロ野球選手が小さいころからボクサー目指してやっていたら、ミドル級の世界チャンピオンなんかいっぱい出てたんじゃないかなと思いますよね。

 ――もしかしたら中田も…

 内山 変な話、ヘビー級なんかもいけんじゃないかなと思いますよね(笑い)。

 ――新天地で奮闘する中田を見て思うところは

 内山 こう言っちゃあれですけど、日本ハム時代は4番とかもやったりしてトップもとっていたけど、今は落ちたじゃないですか…少し。そこから復活するっていう、復活して一軍で活躍したらストーリー的にもそうですし、野球をやっている人やスポーツをしている人に元気や勇気を与えられるかなと。それだけの存在なんで。

 ――内山さんは現役時代に苦しい時はどう乗り越えた

 内山 悔しいからやるだけですよね。やっていくうちに何かを見つけていくわけですから。それをやらずにフテったら、どうしようもないですから。やっぱり努力しないと。努力していく中でまた新しい何かをつかむ、という。

 ――中田にもそうしてほしい

 内山 そうですね。まあ腐ってはいないと思いますけど。あそこまで上にいった人間ですから。すごい悔しいと思っているだろうし、それをバネにして、また日本代表になれるくらいまでいってほしいと思います。

 ――中田は昨夏に起こした不祥事もあって電撃移籍。どんな思いで見ていたか

 内山 いや、もうね。知り合って「イイ男」だったら、引退するまで応援するって決めてますから。

 ――改めてメッセージ

 内山 やっぱりまた打撃力を生かして活躍してもらいたいなってだけですよね。あとはバンバン本塁打を打っている姿を見たいですよね。

☆うちやま・たかし 1979年11月10日生まれ。埼玉県出身。埼玉・花咲徳栄高入学と同時にボクシングを始め、3年時に国体で準優勝。拓殖大進学後は全日本選手権3連覇、国体優勝。社会人のアマチュアとして活躍後、2005年に25歳でプロデビュー。07年に東洋太平洋スーパーフェザー級王者に。10年1月にWBA世界スーパーフェザー級王者となり、同王座を11度防衛した。ハードパンチャーで「KOダイナマイト」の異名を取った。17年7月に現役引退。戦績は27戦24勝(20KO)2敗1分け。