【取材の裏側 現場ノート】阪神前監督の岡田彰布オーナー付顧問(68)が22日の巨人戦(東京ドーム)にテレビ解説者として出演。前巨人監督の原辰徳氏(67)とタッグを組み、脱線&思い出話満載の120分をお茶の間へ届けた。
1学年違いのTG歴将は、大学日本代表のチームメートとしてともに戦った経歴も持つ、最大の宿敵にして盟友。「3番・原、4番・俺、5番・小川(淳司=元ヤクルト監督)や。クリーンアップ全員が同時期にセ・リーグで監督やるのも、なかなかアレやで」。1979年の大学日本代表には、高木豊氏(大洋)、大石大二郎氏(近鉄)など、後にプロでも大活躍する豪華なメンバーがズラリ。「そん中で4番は俺や」。指揮官在任時はよく、当時の思い出話を聞かせてもらった。
同年の日米大学野球選手権は7試合制。日本代表は7―6、4―3、6―4と幸先よく3連勝を飾り、意気揚々と第4戦の地・札幌へ移動した。機嫌を良くした監督から「今日は門限なしや。俺の知ってる店があるから、行ってきていいぞ」と言われ「俺と原と(高木)豊かな。すすきののクラブに行ってきたんや。そしたらオマエ、50くらいのオバハンばっかでな。なんだかオカンと飲んでるような気分になってもうて、たまらんかったわ(笑い)。そらすぐ帰ったよ。監督からすれば同年代の女性かも分からんけど、俺らからすればオカンやん」と、ずいぶんと貴重な経験をしてしまったという。
翌日からチームは「ええオマエ、そっから4連敗よ」と、まさかの大失速を喫するオチまでついた。4番・岡田青年も「ファーストランナーで3回もけん制アウトにされたわ」と大インケツ状態に陥ってしまったという。「豊が俺に相談に来るんや。『原ばっかりいい女もって行くんですよ』ってな。そんなん当たり前やんかって(笑い)。ええ時代やったわ」。
コンプライアンスが順守される現代の球界において、学生指導者が選手たちに夜の店を紹介することなど、ありえないだろう。万事がおおらかだった時代の、おとぎ話のような一幕だ。
炎上対策、リスク管理、情報遮断――。令和の球界では雑味や無駄話、人間臭さはシビアに排除されるようになってしまった。だからこそ今も歯に衣着せずにモノを言う岡田顧問は、息苦しい時代に対する〝最後の反逆者〟として、ファンから人気を博しているのだろう。(遊軍担当・雨宮弘昌)













