前略、岡田センパイ。格闘王・前田日明氏(65)が独占インタビューに応じ、自身の母校・北陽高(現関西大学北陽高)の先輩に当たる阪神・岡田彰布監督(66)への思いを語った。大阪きっての「ワル」が集まっていたという学舎で、岡田監督と前田氏の“本当の関係”はどのようなものだったのか。甲子園出場も果たした母校のスーパースターと、大阪の裏路地で日々ケンカの腕を磨いていたアウトサイダーの接点を探る――。

「高校時代の前田日明と赤井英和(元プロボクサー)が電車の中で鉢合わせし、ド突き合いの大ゲンカに発展。その2人の間に割って入って仲裁したのが、後に早大を経て阪神に入団した岡田彰布だった」

 プロ野球や格闘技のオールドファンなら一度は耳にしたことがあるかもしれない“ナニワの都市伝説”だが、これは全くのデマ。前田氏本人もことあるごとに「俺は通学に阪急京都線を使っていたが、赤井くんは南海電車。沿線が違うから会ったことはなかった」と否定している。

 とはいえ、1学年違いの岡田監督と前田氏が同時期に北陽高に在学していたことは揺るがぬ事実。そんな岡田監督が昨秋の安芸キャンプ中に気になることを口にしていた。

「前田日明? 野球部やったんやでアレ。2か月くらいおったんちゃうか。あのころは野球部だけで200人以上おったから口を利いたりした記憶はないけどな。卒業者名簿を見たら『消息不明』ってなっとったわ(笑い)」

 阪神を38年ぶりとなる日本一へ導いた智将と、昭和・平成のマット界に多大な変革と影響を与えた格闘王。その両者がほんのひとときでも同校野球部に同時に所属していたとすれば興味深い。真相を確かめるべく前田氏本人を直撃すると…。

 ――岡田監督が「前田は北陽高の元野球部員だ」と証言。真偽のほどは

 前田氏 俺が野球部に? いないいない。

 ――数か月だけ在籍していたと

 前田氏 いや、いないいない。俺、高校入学時点で身長が182センチあったからデカいっていうんで、バスケ部とバレー部とサッカー部と野球部の先生が何度も「入部しろ」って誘ってきたんだけどな。野球部は2年生になったら声をかけてこなくなった。バレー部だけは3年になっても誘われてたけどな。「何もせんでええからブロックで跳んでくれたらええ」ってな。

 ――当時の北陽高

 前田氏 50年も前の時代なのに金髪か眉毛のないウルトラマンみたいなヤツか、ツノみたいにとがったリーゼント頭か。そんなんばっか。でも野球部だけは雰囲気が違ったよな。丸刈りで全員ガタイが良くて朝早くから練習して…。でも授業中は早弁してみんな寝てたな(笑い)。で、テストになると部員全員で結託してカンニングしてた。

 ――岡田監督と当時から面識は? 会話をした記憶は

 前田氏 覚えてないなあ。岡田さんは北陽のエースで4番だった方。今の大谷(ドジャース)みたいな存在だったからな。グラウンドで延々と、うさぎ跳びを5キロも10キロも繰り返していた姿は覚えているよ。(体の)線は今よりも細かったよね。

 ――母校を甲子園出場へ導いたスーパースター

 前田氏 もちろんそうなんだけどさ。当時の北陽って大阪中の“ド底辺”のヤツらが集まる高校だったんだよ。近大に進学できるヤツは天才扱い。関大に行けるヤツなんか神童だよ(笑い)。で、岡田さんは早稲田だろ。もう神様ですよ。俺はそっちのほうがすごいなと思ったな。

早稲田大学時代の岡田監督(1979年)
早稲田大学時代の岡田監督(1979年)

 ――甲子園出場よりも北陽高→早大進学のほうがインパクト大(笑い)。しかもセレクションを経て一般受験での進学

 前田氏 ええっ!? 一般なの? それはウソだろ! 俺は北陽の入学式のホームルームで担任の先生に「ここは予備校だと思え。ここにいたらお前らに未来はない。早く他の高校へ転入するんだ」って言われたんだよ。岡田さんも一般受験じゃなくてスポーツ推薦だろ。

 ――岡田監督は家庭教師をつけた上で猛勉強し早大に進学したと

 前田氏 スポーツ推薦じゃないなんて絶対ウソだよ(笑い)。あり得ない。北陽から学力で早稲田なんてレオナルド・ダ・ヴィンチ級の天才だよ!

 ――…と、前田さんが主張していたと記事にしておきます(笑い)