格闘王・前田日明氏(65)が応じた独占インタビューの後編では、自身の母校・北陽高(現関西大学北陽高)の先輩に当たる阪神・岡田彰布監督(66)への思いを語った。第2次UWFやリングスなどさまざまな団体の旗揚げにも関わった前田氏は、阪神を38年ぶりとなる日本一へと導いた虎の智将の“人心掌握力”に注目。温故知新の手腕でタテジマからも大谷翔平(ドジャース)クラスの人材を輩出できるよう期待を寄せた。
――岡田監督とは同時代を現役のアスリートとしてともに活躍。刺激になる存在だったのでは
前田氏 北陽出身者で最も名が知られた方だったからね。自分の母校を説明する時はいつも「阪神の岡田彰布と同じ北陽です」って名刺代わりに説明してたよ。
――新日本プロレス時代には、大阪城ホールで行われた試合に岡田監督が観戦に来たことも
前田氏 藤波さんとのシングル戦かな。何年のことだっけ?
前田氏のマネジャー 1986年ではないかなと。
――その時は会話も
前田氏 控室に来て激励してくれたね。でも会話の内容は覚えてないなあ…。
――野球は普段からご覧に
前田氏 1985年の阪神日本一はよく覚えているよ。今は大谷ばっかり見ている。彼と井上尚弥(ボクシング)の頑張りを見てると、60過ぎのジジイでも燃えてきますよ(笑い)。2人とも歴史に残るワールドクラスの選手だよね。
――岡田監督の手腕について。親子以上に年の離れた選手たちを掌握して日本一に
前田氏 大したもんだよね。俺も今の子は…。ちょっと注意するとすぐにイジけて辞めちゃってさ。でも女の子は泣きながらでも頑張るんだ。日本男児はどうなっちゃったんだってな(笑い)。最近さ、読書で新しい発見があったんだ。「葉隠」を読んだんだよね。
――「武士道とは死ぬことと見つけたり」の一節が有名な…
前田氏 その言葉ばっかが有名なんだけど違ったんだよな。あそこに書いてあるのは自分の主君、殿様とどう接するか。お家全体を盛り立てるために自分が引っ張り役になったり、礎になったりするにはどうすればいいかなどが書いてある。ゴリゴリの精神論ばかり書いてある本かと思っていたけど、そうじゃなかった。今でいう人間関係に関するビジネス書、ハウツー本のようなものだよね。もし岡田さんに再会できたら俺も聞いてみたいね。どうやって若者や周囲の人間たちをコントロールしたかをね。
――最近はユーチューブチャンネル活動も活発に行っている。岡田先輩をゲストに招くプランも
前田氏 それができたらいいね。言い方が悪いかもしれないけど、あのころは生物として強くないと生き残れない時代だったからね。
――もし岡田監督がプロレス界に進んでいたらどのようなレスラーになっていたか
前田氏 サイズはないけどね。運動能力は高いし知的なイメージの方。“業師”のようなタイプになったのかな。並のレスラーでは終わらなかっただろうね。
――業師と言えば関節技の鬼・藤原喜明さんのような…
前田氏 そんな感じだな(笑い)。
――最後に岡田先輩へメッセージを
前田氏 大谷の出現で日本の野球がスポットライトを浴びる時代が来たと思う。温故知新じゃないけどさ、日本野球の魅力を世界に再発信できるような選手を指導者として輩出していただきたいね。楽しみにしてます。
【岡田監督の記憶は…】「橿原(奈良)かどっかでオープン戦が終わった後、大阪城ホールまでタクシーに乗って行ってな。猪木さんと前田の試合を激励に行ったんや」と証言。前田氏が語る「大阪城ホールでの藤波との試合」とは名勝負として名高い1986年6月12日の一戦のことだろうが、時期的にオープン戦の季節ではない上に、そもそも対戦相手が違う。前田氏の“野球部在籍疑惑”にしても両者の言い分が真っ向から食い違う形となったが、いずれも40~50年以上前のこと。記憶の混同があって当然だが、いつか両者が顔を合わせて真相は明らかになるのだろうか。












