元虎のエース・藪恵壹氏 閉塞感漂う世の中に風穴あけるムーブメントこそ「プロ野球の開幕です」

2020年05月21日 11時00分

阪神時代の藪は爽やかなルックスも人気だった

【コロナに負けるな!有名人の緊急事態宣言】必ず希望の光は見えてくる――。いまだ新型コロナウイルスの終息が見えない中、日米で活躍したプロ野球OBの藪恵壹氏(51)はあえて声高らかに気持ちのこもった言葉を発している。日本のプロ野球、米大リーグとも開幕日が正式に決まらない状況下で、難しい調整を強いられる現役選手たちへの思いに加え、昨今のコロナショックで激変した社会と生活環境について本紙を通じ、持論を語った。

 見えない敵にも冷静な対処を心がけている。長期にわたる不要不急の外出自粛が続く今も、藪氏は家族とともに習慣として感染予防に努める毎日を過ごす。

「コロナで大変なことになる前からウチの家族は手洗いやうがいは当たり前のようにやっていましたから。花粉症対策のこともあったので、もともとマスクも常備しています。インフルや風邪にもなっていません」

 14日には39県で緊急事態宣言が解除されたものの、気を緩めることはない。「3密」を避け「STAY HOME」を心がけている。関西地区で毎週土曜放送中のMBSテレビ「せやねん!」出演の際に収録のため外出することはあっても、それ以外の生活は自宅が中心だ。掃除や部屋の模様替えなど、家でできることを見つけながら、慌てず騒がずにスローライフを送っている。「僕は米国に行った時、40歳手前でリリース(戦力外通告)されたことがあったんですよね。だから自分では、ある程度の時間が(生活に)できたとしても結構うまくやりくりできる方だと思っています。そんなにビクビクすることもなく、違和感もないですしね」

 2004年オフに阪神からFA宣言し、米大リーグに挑戦。翌年にアスレチックスと契約してメジャーデビューし、4勝を飾ったもののシーズン終了後に自由契約となった。06年はロッキーズと契約したが、3月末に退団。同年6月からメキシカンリーグのティフアナ・ポドロスに所属しながら再浮上のチャンスを待った。しかしメジャー復帰はならず、07年は最後まで無所属のまま。練習相手が不在で壁当てをしながら調整に励んだこともあったという。

 それでも08年にSFジャイアンツからオファーがあり、マイナーからメジャー昇格を果たすと同年4月に3年ぶりとなるMLB公式戦勝利をマーク。不惑目前で「ネバーギブアップ」を実践し、世の中に大きな勇気と感動を与えた。

 こうした自身の経験を踏まえ、藪氏は「やっぱり信じて待つしかないと思うんです」と言葉に力を込める。かつてプレーした大リーグ、そして日本プロ野球界も開幕が延期となり、暗中模索の日々が続いているが、この閉塞感漂う世の中に風穴をあける役割を果たすムーブメントこそ「プロ野球の開幕です」と言い切り、こうも続けた。

「開幕するとなれば緊急事態宣言が解除され、感染も終息に向かっている証拠になります。サッカーのJリーグもそうですし、やっぱりプロスポーツは世の中を盛り上げて大きな力を与えてくれる存在だと思います。そして平和な社会を象徴するのも、やはり普通にスポーツができる環境づくりです。プロ野球選手たちも本当に大変な調整を強いられているとは思いますが、必ず開幕する時は来るわけですから」

 最後に藪氏は、コロナ対策に関して批判されがちな政府への注文も忘れなかった。

「国がきちんと決めてくれないと、地方自治体は動けません。休業補償など、そういう重要な取り決めができるのは政府しかない。躊躇(ちゅうちょ)したり、遅れたりすればいろいろな企業やお店がバタバタと倒れていってしまう。野球界も少なからず影響を受けていますし、そのあたりは考えてほしいですね」

 コロナ撲滅を願う藪氏の心の叫びには終始熱い魂がこもっていた。

☆やぶ・けいいち=1968年9月28日生まれ。三重県出身。右投げ右打ち。東京経済大から朝日生命を経て、93年に逆指名で阪神にドラフト1位入団。94年に9勝で新人王を獲得。同年を含めて球宴に6度出場。96年から3年連続2桁勝利。2003年は先発、中継ぎで8勝し、リーグ優勝に貢献。04年オフにFA権を行使し、アスレチックスに移籍。06年以降はロッキーズ、メキシカンリーグを渡り歩き、ジャイアンツ在籍時の08年4月14日のダイヤモンドバックス戦で当時の日本人大リーガー最年長記録(39歳199日)となる白星を挙げる。10年7月末に楽天と契約し、日本球界復帰。同年限りで現役引退。13年シーズンまで阪神の一、二軍投手コーチを歴任。現在は野球解説者として多くのメディアで活躍中。日本での通算成績は登板279試合で84勝106敗。米大リーグでは100試合で7勝6敗。

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