ユニホームを脱いだ明大・善波監督は見事な男

2019年11月23日 11時00分

明大の善波監督

【越智正典 ネット裏】明治神宮大会が佳境を迎えた(神宮球場、15日~20日)。外苑のいちょう並木ももう黄金色である。秋―― 。見事な男がユニホームを脱いだ。明治大学監督善波達也。

 善波は審判に投手交代や代打を告げるとき、必ず帽子を脱いで一礼している。東都拓大監督内田俊雄(前亜大監督)もそうで、マウンドからベンチに戻るときには、一生懸命走っている。チームは引き締まる。いいなあーと思う。教えられている。

 明治は東京六大学の秋のリーグ戦の対立教大4回戦に0対1。戦い終えると、前々から退任を願い出ていた善波は正式に退任を表明した。

 その立教戦。ドラフト1位で広島に入団する森下暢仁を9回から1イニングだったがマウンドに送った。はなむけである。

 森下は明大入学の前年、東京府中の内海・島岡ボールパークでの練習会(テスト)に来ていた。会を見学に行くとふつーのピッチャーだった。びっくりするような球はなかった。彼に努力の大切さを教えたのはまぎれもなく、善波である。

 日大三島、中央大、東都審判土屋伸司はいう。

「春のリーグ戦で優勝した明治大学がことしの第68回の全日本大学選手権大会に38年ぶりに大学日本一になったときの善波監督の会見に感激しました。第30回大会になりますか。近畿大学を8対2で破って優勝したときのメンバーをピッチャー森岡真一(富山・桜井高)、キャッチャー松井智幸(作新学院)…と紹介し、先輩を讃えましたね」

 土屋はことしの春、中央大が東都で優勝を決めると「恩師宮井勝成監督(元)に後輩たちが優勝をプレゼントしてくれました。ありがたいです」。そういう男だ。いい男だ。彼を募って静岡県修善寺の彼の家に人が来る。翌日、JR東日本監督堀井哲也(慶応大新監督)がひょいとやって来た。二人はもう一度善波の会見に胸を熱くして森岡、松井…らの出身校をいい当てっこをした。

 実は善波は父親が興した会社の社長なのである。川口啓太監督に呼ばれてコーチ4年、そのあとが監督で12年。おとうさんをいつまでも会長に…というわけにはいかない。おとうさんは今春、明大が六大学で優勝すると長野県高森町にねむる“御大”島岡吉郎の墓参り。おとうさんは冬、寒くなると御大はじめ選手にも食べて貰おうとおじやを作って届けて来た。立派なご一家である。会社は隆々栄えているが、善波はもう戻らなければならない。

 前記土屋は重ねていうのである。

「善波監督はホントに惜しい。ああ、そうだったあー。1981年のことでしたが松本市営球場のこけら落としに、中央大学(第28回全日本選手権大会優勝)を呼んで貰ったことがあるんですよ。善波監督が讃えていた38年前の明治大学と対戦したんです。素晴らしいチームと試合が出来たんですね。改めてうれしくなりました」 =敬称略=