甲子園の歴史に刻まれた一振りがある。2007年夏、「がばい旋風」と呼ばれた快進撃の象徴となったのが、佐賀北高を日本一に導いた副島浩史(37)の逆転満塁本塁打だ。あれから18年余り。いまは佐賀・高志館高の監督として公立校を率いる。聖地を揺らした一打の裏側、広島・広陵高との決勝で議論を呼んだ判定、右肩手術と挫折、銀行員から教員への転身――。その一振りから歩み続けてきた指揮官が、自らの軌跡と高校野球の現在地を語った。

県立高・佐賀北の劇的Vは「がばい旋風」と呼ばれた(2007年)
県立高・佐賀北の劇的Vは「がばい旋風」と呼ばれた(2007年)

 満塁本塁打は、副島の原点でもある。野球を始めた小学4年生の頃、父に連れられて初めて足を運んだ福岡ドーム。1999年8月20日の日本ハム戦で、ダイエーの秋山幸二と小久保裕紀が1イニング2本の満塁本塁打を放った歴史的な試合だった。「同じイニングで2本ですよ。すごいことが起きたなと」。まだ右翼や左翼の守備位置も分からなかった少年は、スタンドでただ興奮していた。「ホームランっていいなと思いました」。その一夜が、野球にのめり込む入り口となった。

 8年後、舞台は甲子園に変わる。2007年夏の決勝。佐賀北は広陵と対戦した。0―4の8回裏、押し出し四球で初得点を挙げ、なおも一死満塁で3番・副島が打席に入る。相手バッテリーはエースの野村祐輔(現広島投手コーチ)と捕手の小林誠司(現巨人)。打球は左翼席へ伸び、逆転満塁本塁打となった。

 あの一打は偶然ではない。県大会初戦の4打席目でつかんだ左腕の使い方があった。脇を締める意識でセンター前へ運んだ感覚を信じて振り抜いた。「レフトを越えたかなというくらい。頭は真っ白でした」。歓喜よりも実感が追いつかなかったという。

決勝の広陵戦で8回一死満塁から劇的アーチを放った佐賀北・副島(2007年)
決勝の広陵戦で8回一死満塁から劇的アーチを放った佐賀北・副島(2007年)

 決勝では直前の四球判定を巡り、今も議論が続く。1球だけが切り取られ〝誤審騒動〟として語られるが、副島は当時を冷静に見つめている。「試合を通して見てほしい。その日はストライクゾーンが狭かった。佐賀北が守っている時も同じような場面はあった」。違和感はあっても「審判がボールと言えばボール」と受け止める姿勢は揺らがない。SNSで映像が拡散され続ける現在も、その考えは変わっていない。

 だが栄光の裏で、右肩の故障が忍び寄っていた。進学した福岡大で手術を決断するが「5割か6割まで戻ればいい方」と告げられ、完治はしなかった。大学では「あの満塁ホームランの選手が何やっているんだ!」とヤジを浴びることもあった。期待の大きさが重荷となり、プロを目指す考えは次第に薄れていった。

 それでも野球から離れなかった。大学卒業後は佐賀銀行へ入社し、社会人野球部に所属した。転機は教育実習だった。関わった生徒が後に甲子園出場を決め「ありがとうございました」と連絡をくれた。「指導者っていいなと思いました」。銀行を退職し、教員採用試験に3度挑戦して合格。特別支援学校で経験を積み、2018年から唐津工へ赴任した。

銀行を退職し、教員へと転身した副島監督
銀行を退職し、教員へと転身した副島監督

 野球部副部長からスタートし、途中で監督を任された。「最初は厳しかったと思います」。野球技術以上に礼儀や姿勢を徹底した。それでも叱った教え子が今も連絡をくれる。再会した際「あの時、一番怖かったです」と笑われたという。今は一緒にゴルフに行く間柄だ。「間違ってなかったのかなと思います」と副島は振り返る。

 そして2023年春、公立校の高志館へ異動した。着任当初は部員数が少なく、合同チームを組む時期もあった。練習開始は9時。それにもかかわらず8時55分に部室から出てきて、グラウンドを横切る部員の姿に衝撃を受けた。「それはないだろ」。まずは10分前集合の徹底から始め、あいさつや準備といった基本を整えた。

 9人ぎりぎりで戦った時期もある。紅白戦もできず、指導者がボール拾いやバット引きを担った。それでも昨年は春と秋の県大会で勝利を挙げた。「2勝じゃ少ない。もっと勝たせてあげたかった」。今年のテーマは「やり抜く」。忍耐力と我慢強さを備えた集団へと変えていく。

高志館高校の部員のウエートトレーニングに付き添う副島監督(右)
高志館高校の部員のウエートトレーニングに付き添う副島監督(右)

 高校野球の将来にも危機感を抱く。今夏は第108回大会。「このままで200回まで続くのかなと思うこともある」。出場校は減少し、合同チームは珍しくない。NPB、高校、大学、社会人、少年野球の垣根を越えた仕組みづくりが必要だと訴える。

 酷暑対策として議論される7回制やドーム開催にも持論がある。「7回にするなら科学的根拠が必要」。一方で「弱いチームにはチャンスが広がる面もある」とも語る。ただ、開催地については譲らない。「やるなら甲子園で」。京セラドームなど屋根付き球場での開催案には否定的だ。「みんな〝甲子園〟を目指している」。聖地であることに意味がある。

 昨年、広陵では部内暴行騒動が報じられ、中井哲之監督が退任した。「暴行は良くない。ただ、臆測がSNSで広がるのはどうか」と語り「また対戦したい監督の一人です」と敬意を示す。

 高志館野球部は「かわいい存在」と言い切る。部員数は多くないが、確実に変化は起きている。あの逆転満塁本塁打で歴史を動かした男は今、公立校のベンチで新たな歴史を描こうとしている。「甲子園を目指してやらなきゃいけない」。聖地を知る指揮官の覚悟はぶれない。