【プロレス蔵出し写真館】先日、昭和の時代を思い起こさせる騒動が発生した。

 10月17日、代々木第二体育館で開催されたプロレスリングZERO1のGM、工藤めぐみのデビュー40周年記念大会「邪道姫伝説」。この大会で、82歳の〝インドの狂虎〟タイガー・ジェット・シンが、思わぬ形で存在感を発揮した。

 藤波辰爾、船木誠勝組 vs 越中詩郎、長井満也組のタッグマッチで特別立会人を務めたシンは、おなじみのテーマ曲に乗り、サーベルを振り回しながら登場した。ところが、そのサーベルの剣の部分が観客の頭部を直撃。額から出血するアクシデントが発生したのだ。

 被害に遭ったのは、Sareeeのファンだという男性。リングドクターによる応急処置を受けたものの、救急車で病院へ搬送され、楽しみにしていたSareeeのメインイベントを観戦することはできなかった。

 当初、逃げない観客にシンが手を出したのかとも想像したが、どうやらサーベルが当たったのは不可抗力だったようだ。

先日の代々木興行で、場内のファンを攻撃するタイガー・ジェット・シン(中)
先日の代々木興行で、場内のファンを攻撃するタイガー・ジェット・シン(中)

 昭和から平成、そして令和へ。プロレス界を取り巻く環境も大きく変わった。安全管理が厳しく問われる現在、こうしたアクシデントが問題になるのは当然だろう。

 ところで、昭和のプロレス会場では、さらに信じ難い出来事が起きていた。

 今から51年前の昭和50年(1975年)7月25日、全日本プロレス、東京・両国の日大講堂。ジャイアント馬場と〝鉄の爪〟フリッツ・フォン・エリックの9度目の一騎打ちで、前代未聞の事件が発生したのである。しかも、被害者は観客ではなかった。

 試合前から両者はルールを巡って対立。最終的にはエリックが提案した、日本初となる「テキサスデスマッチ」が採用された。

 時間無制限。KOかギブアップで決着がつくまで戦い続ける。反則行為に対してレフェリーの制止はあるものの、反則による勝敗はつかない。さらに、レフェリーはリング内に入らず、リングサイドから試合を裁くという異例の形式。ジョー樋口とジェリー・マードックの2人が、その大役を担った。

 エリックは〝テキサスの帝王〟の異名を持つ敏腕プロモーターであると同時に、世界屈指の実力派レスラーでもあった。馬場は並々ならぬ決意で大一番に臨んでいた。

 門馬忠雄記者は、試合前の馬場について、〝いつもならタイトル戦の前でも冗談を飛ばし、笑顔を見せる男が、この日ばかりは一点を見つめ、口を固く結んでいた〟とリポートしている。まさに鬼気迫る表情だった。

 しかし、まさかこの歴史的一戦に、リング外の観客が思いもよらぬ形で関わることになろうとは……。

 ゴングが鳴る前から、エリックが奇襲攻撃を仕掛けた。馬場を場外へ叩き落とし、得意のアイアンクローで攻め立てる。馬場も脳天チョップで反撃し、必死に脱出した。両雄が場外で激しくもみ合い、セコンド陣が周囲を取り囲む。

 その時だった。

 興奮した観客の1人が、警戒するセコンド陣の隙を突いて両選手に接近。あろうことか、エリックの右耳にボールペンのようなものを突き刺したのだ。そして、素早くその場から逃げ去った。

 実は、この一部始終が映像に残されている。場外乱闘の混乱に乗じてエリックに近づき、何かを突き刺して逃走する観客の姿が確認できるのだ。まさに一瞬の出来事だった。

 エリックの右耳からは、見る見るうちに鮮血が流れ出した。馬場は出血したエリックの右耳を狙い、耳そぎチョップを連打。エリックもトーキックやパンチで応戦する。馬場は水平チョップ、16文キックで反撃。激闘は一進一退の展開となった。

エリック(右)に耳そぎチョップを乱打する馬場(1975年7月、日大講堂)
エリック(右)に耳そぎチョップを乱打する馬場(1975年7月、日大講堂)

 最後は、リングのエプロンに立ったエリックに、馬場がカウンターの16文キックを浴びせ、さらに水平打ちを見舞った。場外に転落したエリックは、ついに立ち上がれず10カウントが数えられた。16分26秒、馬場がノックアウト勝ちを収めた。

「ひどいことをする奴がいるな」。試合後、エリックは囲み取材でぶぜんとして、こう吐き捨てた。

 当然だろう。観客から突然、凶器のようなもので耳を刺されたのだから、たまったものではない。一方、馬場も試合後、異常事態について証言している。

「試合が始まってからすぐ、お客さんが投げ入れた万年筆のような鋭い金属製のものがエリックの頭に突き刺さって、ひどく出血した。こっちも血を流されたが、エリックの傷口がはっきりわかった」。馬場は、観客が鋭利な金属製のものを投げ入れたと認識していたようだ。

 残された映像では、観客がエリックに接近して直接刺したのは間違いなかった。試合が流血戦になるのは予想されていたが、まさか観客の行為によってエリックが流血するとは思いもしなかった。

 当時、両選手のガードに当たっていたのがザ・グレート・カブキ(当時は高千穂明久)。そのカブキが、後年、自身の店で当時の出来事を振り返っている。

「ぶん殴ってやろうと思ったけど、逃げて行った」

 映像でもカブキは観客が逃げていく様子を目で追っているが、観客の逃げ足は速かった。

 当時、2年目の新米レフェリーだった和田京平は「記憶ないね。そんなひどいファンがいたんだ。そんだけ熱かったんだね、当時は」と語った。

 事件そのものについての記憶はなかったが、エリックというレスラーが放っていた圧倒的な存在感は、半世紀を経ても鮮明に覚えていた。

「いまだに覚えてるけど、あんなオーラあるレスラーいなかったもんね。怖くてエリックには近づけなかった。控室入れなかったもの」。それがエリックだった。その恐るべき大物レスラーに、一般の観客が凶器のようなものを突き刺したのだから、驚くほかない。

 エリックは、試合を終えるとすぐさま羽田空港へ直行。午後10時30分発のカナダ太平洋航空21便に搭乗し、帰国の途に就いた。8月3日に米ルイジアナ州ニューオーリンズで開催されるNWA総会への出席を控えていたのだ。

 ひとたびリングを離れれば、テキサス地区を取り仕切る敏腕プロモーター、ジャック・アドキッセンの顔に戻っていた。

 それにしても、観客がレスラーを凶器のようなもので刺し、出血させるとは……。今の時代なら試合の勝敗以上に、その行為自体が大きなニュースになっていたに違いない。

 熱狂と狂気が、時に紙一重だった昭和のプロレス会場。あれから51年。リング上の戦いは語り継がれても、場外で起きたこの衝撃的な出来事を知るファンは、今ではどれほどいるだろうか。

 昭和プロレスの歴史には、まだまだ知られざる〝事件〟が眠っている(敬称略)。

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