【闘魂三銃士、nWo…激闘の舞台裏 蝶野正洋自伝 黒の真実(11)】(アントニオ)猪木さんの付け人をしていた新弟子時代は先輩からのいたずらだったり、理不尽な命令をよく受けた。いたずらだとわかっていても、そこをやらないと評価されないんだ。

 話が脱線するが、この間の天山(広吉)の引退セレモニー(8月15日、両国国技館)で長州(力)さんがやっていたのがまさにそのパターンだった。天山を休ませようと、スピーチは短めに終わらせようと思ってたのに、急に主役を羽交い締めにしてビンタを要求するなんて…。普通あんな場面でいたずらしないよ。

 でも、おそらく長州さんはそういうことが話題になるってわかっている。それも技術の一つだよね。会社が理解できる範囲の基本的な進行を壊していくのがプロレスだ。

 本題に戻ろう。その長州さんが離脱を経て1987年に新日本マットに復帰した頃の話だ。俺たち若手レスラーは特に何も思ってなかったけど、新日本に残り続けた選手の中には、扱いが悪くなった選手もいて不満をためていたんだ。

 険悪な雰囲気が漂っていた中、同年6月3日の北九州大会で荒川(真)さんにたきつけられた橋本選手が、試合中にヒロ斉藤さんを蹴りまくって、ケガをさせる事件が起こった。橋本選手は言われたことを何でもやる“トンパチ”だったんだ。

ヒロ斉藤を蹴る橋本真也(1987年)
ヒロ斉藤を蹴る橋本真也(1987年)

 俺は次の試合で、その様子を見てなかったんだけど控室に戻ったら、橋本選手が維新軍の控室でボコボコにされる大変な騒動になっていた。試合のやり方に怒った長州さんとマサさんにやられたという話だった。「誰がこんなこと仕掛けたんだ」って犯人捜しが始まっても、橋本選手も荒川さんも言わないから、変な空気が残っていた。

 橋本選手は会場の外で落ち込んでいた。やられたショックもあるし、荒川さんに対する気持ちもあったと思う。入門初日から洗濯物をめぐってケンカもしていたし、信用していなかったから、そこまで仲良くもなかった。けれど、俺が2人で話すことになった。

 橋本選手は「俺は今日、出刃包丁を買って長州力とマサ斉藤を刺す」って言っていた。本気で殺すんだったらこんなこと人には言わない。はったりをかましてるんだとわかった。「ブッチャー(橋本の愛称=当時)そんなことやるなよ」と慰めてやっと落ち着いた。これがきっかけで、俺と橋本選手は少し仲が良くなったんだ。

 俺らが新弟子の頃は上の人たちの派閥に左右されてしまうような環境だった。俺らだけじゃなくて、UWF組も長州さんのグループもそうだったと思う。特に新日本はクーデターで出たり戻ったりする人間が多かった。だから表面上は「よろしく」とか言っていても、実際のリングでは日常的に“仕掛け”が起こっていたんだ。