ミラノ・コルティナ五輪スノーボード男子ビッグエア(BA)決勝(リビーニョ・スノーパーク)が7日(日本時間8日)に行われ、木村葵来(きら、21=ムラサキスポーツ)が合計179・50点をマーク。日本選手団金メダル第一号となった。
劇的なドラマだった。2本目で転倒し、後がなくなった最終3本目。バックサイド1980(5回転半)を成功させ、会場のボルテージは最高潮に達した。全選手で唯一の90点台を記録した新王者は「五輪に出て金メダルを獲得するのは小さいころからの夢。このような結果でお返しすることができてうれしい」と喜びを語った。
土壇場で勝負強さを発揮した木村は4歳でスノーボードに出合い、2014年ソチ五輪がきっかけで本格的に競技を始めた。かつては体操にも取り組んでおり、空中感覚などを養った。倉敷翠松高(岡山)時代の恩師・阿部啓子さんは「もともと体操もやっていたので、身体能力は高かった」と明かした。
1、2年時には体育祭でも活躍。運動神経の高さを随所で発揮していたが、阿部さんには印象に残っている出来事がある。「学校の中庭でベンチの上から回転して降りたり、体育終わりに体育館でバク宙したり、パルクールのような動きを何人かの友達とやっていた。『ケガしないでね』とよく声をかけていましたね」と振り返った。
高校生らしい姿を見せていた一方で、当時から五輪への思いを強く抱いていた。「中京大学に出願する時の志望動機の自己PRには『五輪で金メダルを取りたい』って書いてた」。当初は「楽しいの延長にスノーボードがあった感じ」だったが、学年が上がるにつれて海外遠征などの機会が増加。「だんだん外に目が向くようになっていったように見えた」と刺激を受けていたという。
この日は母校で約50人が木村に声援を送った。母・利美さんは優勝が決まると、涙を流しながら阿部さんと熱い抱擁を交わした。「五輪という4年に一度の大舞台で、しかも3本目に逆転で頂点に立った姿には感動と喜びでいっぱいの気持ち」と恩師。夢を実現させた木村の滑りは、日本列島を歓喜の渦に巻き込んだ。













