【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(30)】柔道、プロレス、格闘技とはまったく違う世界も経験した。政界だ。もともとプロレスラーを引退したら国会議員になりたいと思っていた。外で「これおかしいよ」って言っても、中に入らないと物事は変わらない。30代半ばごろかな。体を酷使し続けてきたから50歳ぐらいで引退すると予想。「引退後は政治家になりたい」とどこかのインタビューで語った。
LLPWを応援してくれる、ある方がその記事を読んだ。その方はたまたま自民党の方と親しくて「引退後に」をはしょって「神取が政治家になりたがっている」と伝えてしまった。どんどん話が進んでね。「引退後なんです」って言ったんだけど止まらず、ついに自民党の公認が出るところまで進んだ。ここまできたら腹を決めるしかない。2004年7月の参議院議員選挙比例区に立候補。準備期間はわずか1か月だった。
選挙活動は全国を回った。風間ルミやジャンボ堀さんに手伝ってもらってね。短い時間のなかで頑張ったけど、結果は次点で落選。それが2年後の06年10月、竹中平蔵さんが辞職したことで、繰り上げ当選となった。バタバタだった。まず、優秀な秘書が見つからない。2年がたっていると、もういい人は他の議員が雇っている。やっと秘書が決まったと思ったら、とんでもない。秘書バッジを持ったまま連絡がつかなくなってね。なんとか見つけて返却してもらったことも。結局、秘書は風間にもお願いした。
議員時代はとにかく分刻みで時間に追われていた。朝8時からあらゆる省庁が集まる審議を聞く。そこから本会議。委員会…。時間の使い方を自分で決められる世界にいたから、慣れるまでが大変だった。ちょうど激動の時代で、毎年総理大臣が代わる。野党にも回ってね。朝の勉強会では朝食が出るんだけど、与党の時は幕の内弁当だったのが、野党になったらおにぎりになった。分かりやすいよね。予算があるんだろうね。
やっと政治というものがわかりかけてきたころに任期満了。10年7月の選挙で当選はかなわなかった。今思うと、自分の性格的には二足のわらじは難しかった。半年に一度はリングに上がっていたけど、今まで以上に勉強して、トレーニングも必要。練習できない日が続くと、体が疲れないから今度は眠れなくなる。「プロレスラーが体動かさないでどうすんだよ」って言われてハッとしてね。いざ鍛え始めると今度は勉強の疲れと体の疲れの2種類が体の中にあって、体が2分割される感覚になった。味わったことのない疲労感。体は正直だった。
還暦を迎えてもプロレスを続けているのは自分でも驚きだよ。でも今はまだ、プロレスに集中していきたい。













