WWEが2025年の名誉殿堂「ホール・オブ・フェイム」のレガシー部門を発表し、日本では「ジャイアント・キマラ」のリングネームで知られるカマラ、ドリー・ファンク・ジュニアの父ドリー・ファンク・シニア、〝ロシアの怪豪〟ことイワン・コロフの3人が殿堂入りした。
米ミシシッピ州出身で1978年にデビューしたカマラは82年から顔にペイントを施し、ウガンダの未開部族をモチーフとした怪奇派に変身。84年からWWEに参戦し、アンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガン、ジ・アンダーテイカーらと抗争を展開した。85年8月にジャイアント・キマラとしてジャパンプロレスに初来日し、その後は全日本プロレスにも参戦。巨大な腹をパンパンと太鼓のように叩くパフォーマンスで人気を集めた。カマラことジェームズ・ハリスさんは、2020年8月に70歳で死去している。
シニアはドリー&テリーのザ・ファンクスの父親として知られるが、選手としてはNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得するなど活躍。テキサス州を中心に大物プロモーターとしても名をなした。ドリーとテリーに英才教育を施し、兄弟をNWA世界ヘビー級王者に育て上げるなど、トレーナーでも実績を残した。73年に54歳で死去したが、WWEは公式サイトで「選手としてもプロモ―ターとしてもプロレス史に重要な役割を果たした」とたたえている。
カナダ出身のコロフだが、「ロシアン・ベア(熊)」のニックネームで悪党レスラーとして活躍。70年代にはWWE(当時はWWWF)で、ブルーノ・サンマルチノと死闘を繰り広げた。71年にはサンマルチノからWWE世界ヘビー級王座を奪取。日本マットにも定期的に参戦し、日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレス、全日本プロレスの主要団体に登場。日プロでは故ジャイアント馬場さん、新日本では故アントニオ猪木さんとタイトルマッチを戦った。17年2月に74歳で死去した。
WWE殿堂のレガシー部門は、主に20世紀のプロレス史に偉大な足跡を残した功労者に送られている。日本からはこれまで力道山、ヒロ・マツダ、新間寿氏が選出された。また25年のWWE殿堂入りはトリプルH、ミシェル・マクール、レックス・ルガー、ナチュラル・ディザスターズ(アースクェイク&タイフーン)が発表されている。












