世界最大プロレス団体の米「WWE」は15日(日本時間16日)、〝プロレスリングマスター〟武藤敬司(60)の化身、〝魔界の住人〟ことザ・グレート・ムタが、2023年の名誉殿堂「ホール・オブ・フェイム」入りしたと発表した。〝日本人レスラー〟としては10年の故アントニオ猪木さん、15年の藤波辰爾、20年の獣神サンダー・ライガーに続く史上4人目の快挙。魔界からの選出は初となる。

 2月21日のノア東京ドーム大会で38年の現役生活にピリオドを打ったばかりのプロレスリングマスターに、プロレス界最高の栄誉が贈られる。WWEの配信番組「THE BUMP」にゲスト出演した、長年の友人でありライバルというWWE殿堂者の〝狂乱の貴公子〟ことリック・フレアーがムタの殿堂入りを発表した。

 1984年10月5日の新日本プロレス越谷大会でデビューした武藤は翌年11月、初の米フロリダ遠征に出発。「ザ・ニンジャ」のリングネームでメキメキと頭角を現し、トップ戦線に抜てきされた。

 86年10月に一度帰国し新日マットに上がるが、88年1月からの2度目の海外遠征ではプエルトリコ、テキサス州を主戦場に活躍の場を広げていった。89年4月にはムタが米国マットに初登場。WCWでエースだったスティングやリック・フレアーとの抗争を経て、一躍世界的な人気レスラーへと成長を遂げた。

 だが、90年の年初に一度、WCWを離脱することを決断。ライバル団体だったWWEの前身・WWFに上がりたいという希望を持っていたからだ。当時の新日本プロレス社長だった坂口征二氏に「WWFに行きたい」と相談すると、「(90年4月開催の新日本とWWFの合同興行)レスリングサミットで、WWFのビンス・マクマホン・ジュニア代表が来るから紹介してやる」という前向きな言葉をもらった。

 同時期にSWSからもオファーが届いていたが、結局WWF行きはかなわなかった。ただし、米国でのムタ人気は衰えず、97年に「nWo」に加入するやハルク・ホーガンとも共闘。再びWCWマットを席巻した。

 結局、武藤もムタも最後までWWEマットに上がることはなかったが、引退発表後の昨年9月には米AEWマットに電撃参戦。現地のファンはレジェンドの登場に熱狂した。今年1月1日のノア日本武道館大会では、ムタの後を追うように米国に渡り活躍しているWWEスーパースター・中邑真輔(42)との一騎打ちが実現し、世界中で大きな話題になった。その後、同月22日のノア・横浜アリーナ大会で、ライバルのスティング、そのパートナーであるダービー・アリンとトリオを結成し、白使、AKIRA、丸藤正道組とラストマッチを行っている。

 23年の殿堂入りは第1号として、元世界王者レイ・ミステリオが発表されている。殿堂入りセレモニー「WWEホール・オブ・フェイム2023」は、4月1、2日(日本時間2、3日)に行われるプロレスの祭典「レッスルマニア39」(カリフォルニア州イングルウッド)を直前に控えた3月31日(4月1日)、ロサンゼルスのクリプト・ドットコム・アリーナで行われる予定だ。