世界最大プロレス団体のWWEは24日(日本時間25日)、元WWE世界タッグ王者の「ナチュラル・ディザスターズ」(アースクェイク&タイフーン)が2025年の名誉殿堂「ホール・オブ・フェイム」入りしたと発表した。「アースクェイク」は大相撲の元幕下琴天山こと故ジョン・テンタさん(享年42)で、日本マットでも活躍した。

 団体CCO(最高コンテンツ責任者)のトリプルHは「体格と機敏さを兼ね備えたどう猛なタッグチーム。同世代のタッグチーム部門の真の無名の英雄だった」と、「天災コンビ」の殿堂入りを祝福した。

 カナダ出身でレスリングでも活躍したテンタは、「琴天太」のしこ名で1985年に初土俵。3場所連続の全勝優勝で幕下に上がった。ところが、86年名古屋場所の前に宿舎から脱走して廃業。新日本プロレスとの争奪戦を経て、同年7月に全日本プロレスに入団した。翌87年5月にデビュー。ジャイアント馬場と組み、ラッシャー木村、鶴見五郎組とタッグマッチで対戦し、木村にリングアウト勝利を収めた。

 その後もベンチプレス200キロの怪力でカナディアンバックブリーカー、ベアハッグなどを武器に活躍し、87年度の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」で新人賞に輝いた。89年春、結婚を機に故郷バンクーバーに戻るとその後、WWE(当時はWWF)に移籍。「アースクェイク・ジョン・テンタ」を名乗ってハルク・ホーガンらと抗争を展開しスターの仲間入りを果たした。91年にはタイフーンと大型コンビ「ナチュラル・ディザスターズ」を結成。92年7月にはWWE世界タッグ王座を獲得した。

 94年からWCWに参戦。日本のWARやUWFインターにも上がった一方で、91年にWWEの一員としてSWSに参戦。同年3月30日の東京ドーム大会で、元横綱の北尾光司にわずか6分あまりで完勝した。4月1日の神戸大会での再戦では、危機感を持った北尾から「八百長野郎!」と暴言を吐かれ、日本マット界を揺るがす大騒動に発展した。

 2004年にぼうこうがんで現役を引退。06年6月7日に42歳の若さで死去した。

 25年はこれまでトリプルH、ミシェル・マクール、レックス・ルガーの殿堂入りが発表されている。