【昭和~平成スター列伝】「小さな巨人」の異名を誇ったプロレスラーのグラン浜田(本名・浜田広秋)さんが16日にメキシコで亡くなった。74歳だった。1972年に旗揚げ前の新日本プロレスに入門し、3月16日に藤波辰巳(現・辰爾)戦でデビュー。身長167センチと小柄ながら柔道をバックボーンとした格闘センスを生かし活躍。75年からグラン浜田を名乗り、メキシコに渡り英雄的なトップ選手となった。

鮮やかなショルダースルーがアグアーヨに決まる
鮮やかなショルダースルーがアグアーヨに決まる

 79年2月に凱旋帰国を果たし、日本とメキシコを往復する生活を送った。自身の大活躍に加えて日墨の橋渡し役となり、ルチャリブレを日本に定着させた功労者である。その浜田は82年4月21日、蔵前国技館でWWF(現WWE)ライトヘビー級王座を獲得。保持していたUWA世界ミドル級王座と合わせて2冠王となった。相手はメキシコでも死闘を展開していた“狂犬”ことペロ・アグアーヨだった。

「最近3戦では浜田の1敗2分け。遺恨のタイトルマッチは日本に持ち越された。“2冠奪取”に燃える浜田はゴングからドロップキックを連発。場外で主導権を握った浜田は、アグアーヨの背骨折り、回転ドロップを食らいながら場外のアグアーヨへコーナーポスト最上段から豪快なダイビング飛行。リングに戻ると間髪を入れずドロップキック。アグアーヨもロープに飛ばしてカウンターのネックブリーカー。場外へ落ちたところへ人間ロケット弾だ。しかし浜田はうまく体をひねった。ダメージが少ない浜田は一気に勝負をかける。コーナーに飛ばすアグアーヨ。それを逆用した浜田がアグアーヨを左コーナー最上段に突進させる。ここで浜田のトリックプレーが出る。フライングボディーアタックと見せかけてアグアーヨの頭上を飛び越えて、電光石火のエビ固めを決めた。浜田はUWA世界ミドル級、WWFライトヘビー級堂々の2冠王となった」(抜粋)

 とにかく一瞬も止まらないスピーディーな試合展開は観客を沸かせた。UWA世界王座3階級制覇の偉業を達成した浜田だが、この試合は日本でのハイライトとなったに違いない。「4大決戦」と銘打たれた大会で、猪木対ベンチュラ戦、ブッチャー対藤波戦、タイガーマスク対ブラックタイガーのWWFジュニアヘビー級戦と合わせて行われた大一番だったからだ。浜田のルチャスタイルはこの時点でファンに完全認知されていたのである。

 86年に一度引退するが、90年3月1日に日本初のルチャ団体ユニバーサル・プロレスリングの旗揚げ戦に参加。記者は同大会を取材したが「俺みたいなおっさんを取材するより、浅井(嘉浩=後のウルティモ・ドラゴン)を取材してくれよ。絶対に大物になるから!」と弟子を気遣い、その言葉は現実のものとなった。「小さな巨人」は心も大きな人だった。 (敬称略)