太陽もかすむほどの明るさと、元気さ全開のファイトスタイルで1990年代後半から人気を集め、後にお笑い芸人にまで転身したのが、全日本女子プロレスの脇澤美穂だ。

14年12月にはスターダムで引退セレモニー。黄色い紙テープが舞った
14年12月にはスターダムで引退セレモニー。黄色い紙テープが舞った

 96年2月に「平成8年組」として全女に入門。同年7月28日後楽園の川本八千代戦でデビューした。大ブームを呼んだ団体対抗戦も下火になっており、当時は若手にも上を目指すチャンスが与えられた。

 98年にはアイドル派の納見佳容との「ミホカヨコンビ」を結成。3月に中西百重、高橋奈苗(現奈七永)組から全日本タッグ選手権を奪取。通算3度戴冠して、アイドル派王者として男性ファンの人気を集めた。同年8月の「ジャパン・グランプリ・ジュニアリーグ戦」でも優勝。99年12月にはエース・豊田真奈美とのコンビでタッグリーグ戦を制覇して、一気にトップ戦線に食い込んだ。

 2000年3月には高橋、納見、中西とともにつんくプロデュースによるアイドルユニット「キッスの世界」で歌手デビュー。デビューシングル「バクバクKiss」はオリコンにもチャートインし、芸能界でも話題を呼んだ。特に脇澤の破壊的歌唱力は印象的だった。

 同年9月には高橋から全日本シングル選手権を奪取するも、01年12月に突然引退。数年間は地元の千葉で一般人として過ごすが、08年には何を思ったか、お笑い芸人を目指してワタナベコメディスクールに入学。「ミホカヨ」の芸名で同期生の吉川崇と「吉川☆ミホカヨ」のお笑いコンビを結成。09年にはワタナベエンターテインメント所属の芸人となった(~10年)。

 11年には盟友・高橋が所属したスターダムに入団。12月25日に約10年ぶりに復帰戦を行った。その後は持ち前の明るさを全開。ベノムアーム(アイアンクロー)を武器にしてスターダムを盛り上げ、ゴッデス王座、アーティスト王座を奪取。異色ユニット「たわしーず」(老舗・亀の子束子が正式サポート)を結成するなど、独自の世界を展開した。

 しかし14年11月に岩谷麻優のワンダー王座に挑戦するも敗退。首の負傷が原因で引退を表明して同年12月に再び引退した。現在は主婦として幸せな生活を送るが、異様なまでの明るさを誇ったファイトスタイルは、いまだに記憶に残る。 (敬称略)