全日本女子プロレスでビューティ・ペア(ジャッキー佐藤、マキ上田)の人気が大爆発した1976年に結成、極悪の限りを尽くす悪役コンビとしてビューティファンの乙女たちの大ブーイングを浴びたのが池下ユミと阿蘇しのぶのブラック・ペアだ。
池下は75年、阿蘇は74年にデビュー。76年にビューティ人気が急上昇するや、そのセンスを見込まれて2人はブラック・ペアを結成。絶対的なアイドルの反対側には、絶対的な悪の存在がなければならないという、その後の女子プロレスのパターンを定着させた。
池下は単なる悪役ではなくスープレックスや足4の字固めなども得意として、77年9月にはハワイアンパシフィック王座(後のオールパシフィック王座)も獲得。阿蘇もヒールとしての才能にたけており、スパナなどの凶器攻撃でビューティファンの憎悪を全身に浴びた。
77年4月広島ではビューティからWWWA世界タッグ王座を奪取。会場は大混乱となった。まさに後のクラッシュギャルズ(長与千種、ライオネス飛鳥)と極悪同盟(ダンプ松本、クレーン・ユウ)の歴史に残る一大抗争の原型だった。
ブラック・ペアはビューティだけでなく、ゴールデン・ペア(ナンシー久美、ビクトリア富士美)やクイーン・エンジェルス(トミー青山、ルーシー加山)らとも激しい抗争を展開。78年に阿蘇が全女を退団すると、池下は漆原幸恵(後のルーシー加山)やマミ熊野と「ブラックデビル」を結成。79年4月には池下&熊野組でWWWAタッグ王座を奪取した。
池下が81年に引退すると「ブラックデビル」はデビル雅美が継承。解散後はダンプが極悪同盟としてその意志を継承した。華やかなスポットライトが当たるベビーフェースだけでなく、極悪チームにも脈々と続く悪の歴史があるのだ。
(敬称略)













