柔道をバックボーンに持つ独特のファイトスタイルと、ボーイッシュなルックスでJWP初期に人気を集めたのが、矢樹広弓だ。
1971年8月5日、福島・福島市出身。高校時代は柔道の東北大会で優勝するなどの経歴を引っさげて93年にJWPに入門。年齢やアマチュアでのキャリアなどから他の新人とは一線を画し、入門当時から逸材の声が高かった。94年1月9日後楽園で当時トップクラスだった福岡晶を相手にデビュー。敗れるも大器の片鱗を見せつけた。
その後はジュニアの第一人者、キャンディー奥津とJWPジュニア王座をめぐって激しい抗争を展開。95年12月6日には奥津から同王座を奪取して第2代王者に。負傷のため返上となったものの、96年5月6日博多の決定戦で奥津を下して再戴冠。同年7月27日名古屋では再度、奥津に王座を奪われた。同王座をめぐる戦いは約1年1か月にも及び、名勝負の数々でジュニア王座の格上げに貢献した。
その後は福岡、奥津と「ひーちゃん’S」を結成。コミカルなファイトにも挑戦して戦いの幅を広げた。しかし、ここ一番という時に繰り出す柔道仕込みの雪崩式一本背負いや関節技は、抜群の威力を誇った。
まだ立ち上げ当初だった女子サンボにも挑戦するなど意欲的な姿勢も見せ、プレオープン48キロ級優勝を飾っている。将来を期待されたが97年3月9日後楽園の久住智子戦で引退。わずか3年強のキャリアに潔くピリオドを打った。
しかし98年7月に復帰するとJd'、JWP、アルシオンなどで活躍。98年12月7日後楽園では玉田凛映とのコンビでツイン・スター・オブ・アルシオン王座を獲得した。その後は奥津が変身した女虎戦士「タイガードリーム」のライバル「女虎ハンター」として抗争を展開した。
2004年ごろからリングを離れて12年にはディアナで復帰するが、やがて引退。やはりJWP時代のさっそうとした姿が忘れられない美女レスラーだった。
(敬称略)













