1990年代の女子プロレス団体対抗戦全盛期にデビューし、新たな時代のヒロインとして長く名王者としてJWPを支えたのが日向あずみだ。

髙山善廣に渾身のビンタ!
髙山善廣に渾身のビンタ!

 75年1月6日千葉・松戸市出身。対抗戦がブームの真っただ中だった94年12月4日後楽園の能智房代戦でデビューを果たす。96年8月10日のJWP認定ジュニア王座決定ワンナイトトーナメントを制覇するや、同12、13日武道館の全日本女子プロレス「ディスカバー・ニューヒロイン・タッグトーナメント」でダイナマイト関西とのコンビで優勝し頭角を現す。

 ジュニア王座10度の防衛を果たすと、福岡晶と組んで98年2月11日後楽園では豊田真奈美&伊藤薫組からJWP認定タッグ王座を獲得した。99年2月24日上野ではJWP認定無差別級王座挑戦者決定トーナメント決勝戦でデビル雅美にフォール勝ち。直後から本名の久住智子を「日向あずみ」のリングネームに改めた。

 おっとりした性格ながらも、持って生まれた卓越したレスリングセンスで一気にJWPのトップに食い込む。ルックスもよく男性ファンから圧倒的な支持を集めた。“帝王”こと髙山善廣とも男女混合マッチで戦った経験もある。

 そして99年2月28日後楽園では福岡晶からみちのくドライバーⅡ5連打で勝利し第5代JWP認定無差別級王者となり、団体の頂点に立った。対抗戦ブームは下火となっていたが、翌2000年2月11日後楽園では全女の前川久美子からオールパシフィック王座を獲得した。

 同年末からJWPは活動停止になるも、01年2月18日から活動が再開すると、コマンド・ボリショイから無差別級王座を奪取し、新体制の中心となった。03年からNEOとの抗争が始まり、同年3月には井上京子を破りNWA女子パシフィック王座&NEO認定シングル王座を奪取。NEOの田村欣子とも3冠戦を争うなど抗争を開始して、大車輪の活躍を見せ、09年12月27日後楽園大会を最後に引退した。

 細身の体ながらJWP認定無差別級王座は4度戴冠、通算15回の防衛に成功し、いずれも歴代1位の記録を誇る。実に15年。後期のJWPを支えた名選手だった。(敬称略)