2003年に活動を休止した女子プロレス団体「アルシオン」が、来年1月12日東京・新宿フェイスで一夜限りの復活大会を行うことになった。発表会見には中心選手だった府川唯未が出席し「短い期間ではあったんですが、みなさんに愛された温かい団体だったので、最後は笑顔で解散したい。そのための正式な1日復活となります」と説明した。

かつてVIPを組んだ下田(中)の引退試合(03年)に大向(右)と駆けつけた
かつてVIPを組んだ下田(中)の引退試合(03年)に大向(右)と駆けつけた

 1998年に旗揚げしたアルシオンは美形レスラーを揃えたことで当時話題を呼んだ。その中でも府川は突出した存在だった。93年11月に全日本女子プロレスでデビュー。152センチと小柄な体格ながら、突出したルックスはJWPのキューティー鈴木と比較されるほどだった。しかし2戦目で鎖骨を骨折して約1年半の長期欠場を強いられる。

 もともとレスリングの下地があり、復活後は体形や力量をアップさせ、アイドルレスラーから実力派へ転換を果たす。玉田りえとの「タマフカ」コンビで若手戦線を盛り上げ、95年12月には全日本タッグ王座を奪取した。

 だが97年の大量離脱時にはアジャ・コングに追従して退団。翌年のアルシオン旗揚げに参戦する。ここからは関節技を主体とした美形の実力派として活躍。大向美智子とのコンビ「ナチュラル・ツインビー」、ラス・カチョーラス・オリエンタレス(三田英津子、下田美馬)とのユニット「VIP」で団体を盛り上げた。

 運悪く人気も実力もピークに達した00年7月に頭部に重傷を負い、ドクターストップのため、01年3月の吉田万里子戦を最後に現役を退いた。わずか約8年の現役生活だったが、男性ファンからは圧倒的な支持を集めた。

 引退後はインストラクターのほか、舞台などの芸能活動にも挑戦。02年6月には新日本プロレスの田中稔(現GLEAT)と結婚して話題を呼び、その後に2児の母親となった。美しさは現役当時のままである。

 アルシオンの復活大会には当時の主力選手も多く参加する予定だ。府川が現役時代と同様の輝きを放ってくれることに期待したい。