JWPの生え抜き1期生であどけないルックスと卓越した身体能力で、男性ファンの圧倒的な支持を集めたのがキャンディー奥津だ。

 1975年1月16日広島県出身。高校時代はクロスカントリー部に所属したため、入門前から無尽蔵のスタミナを誇っていた。92年8月4日葛飾大会のプラム麻里子戦でデビュー。実は第1回オーディションでは吉本の人気芸人・山田花子も合格していた。山田は練習中のケガのため、デビューを前に引退したが、もし2人が同期でデビューしていたら、とんでもない凸凹コンビが誕生したかもしれない…。

 デビュー当時から人一倍練習熱心で、あらゆる角度からのコーナーへの飛び乗り方などを研究していたという。三角跳びなど新人ながらすでに高度な技術をマスターしていた。加えて新人離れしたスピードを誇り、ムーンサルトやジャーマンなどはまさにルーキー離れしていた。

 デビュー翌年から一気に頭角を現し、93年3月21日には外山寿美代を破って第1回ブルースターカップリーグ戦優勝。ちょうど女子プロ界は空前の団体対抗戦ブームを迎えており、全日本女子プロレスのスピードスター、チャパリータASARIをライバルにジュニアらしい空中戦と意地の張り合いで、対抗戦の名物カードにもなった。

 93年12月6日全女両国国技館大会でASARIを下し、全日本ジュニア王座を初戴冠。95年6月16日両国では新設されたJWP認定ジュニア王座決定巴戦(相手は矢樹広弓、菅生裕美)を制して、名実ともにJWPのジュニアの頂点に立った。しかし同年12月6日名古屋の矢樹との防衛戦でプランチャーで場外に着地した際、足首を骨折。長期欠場に追い込まれるも、翌年7月に復帰して王座を奪還した。

 重度の腰痛も患っており、97年8月17日の福岡晶戦で引退するも、98年2月に復帰してアルシオンの旗揚げに参戦。5月のトーナメントに優勝すると、8月31日大阪では女虎戦士「タイガードリーム」に変身。かつてのライバル・矢樹を退けた。

対抗戦に敗れ半べそのキャンディー奥津
対抗戦に敗れ半べそのキャンディー奥津

 写真集やグラビアでも大人気を得たが、2001年1月5日後楽園の大向美智子戦で現役を退いた。女子では珍しいジュニア戦士ながら、実力と人気を備えた「かわいい」名選手だった。(敬称略)