炎の飛龍・藤波辰爾(69)が、11日に死去した〝いぶし銀〟こと名レスラーの木戸修さん(享年73)を悼んだ。

 藤波にとって木戸さんは日本プロレス時代からの先輩にあたる。ともに1971年に日プロを退団し、72年3月にアントニオ猪木さんが創設した新日本プロレス旗揚げに参加。長年にわたって苦楽をともにした先輩の訃報に「何て言っていいか、言葉にならない。ショックがこれから大きくなってくると思うんですけど…本当に残念です」と声を落とした。

 2人で新日本初の海外遠征としてドイツに行き、その後は米国・フロリダで〝プロレスの神様〟カール・ゴッチさんに師事。「試合もうまかったし、練習熱心で、先輩風を吹かせる人じゃなかったですね。淡々と自分の練習をする感じの人で。試合中でも髪の毛をキチンとするのはゴッチさんの教えだったのかな。試合中に髪の毛を触ったら、えらく怒ってましたけどね」と振り返った。

 寡黙でありながら、熱い闘志を秘めた先輩だった。木戸さんの兄・時夫さんもプロレスラーで、63年に日本プロレスに入門していた。しかし練習中の事故で脊椎を損傷。闘病生活を送る兄の意志を継ぐ形で、木戸さんがプロレスラーになった。藤波は「猪木さんも知ってるから『お前が木戸の弟か』って目をかけてたんですよ。猪木さんいわく、すごく男前だったらしいですしね。北沢(幹之)さんが言ってましたが、猪木さんとどっち(が上)かっていうくらいいい選手だったと。意志を継ぐという意味で、かたくなに守るものもあったんでしょうね」と、プロレスに真摯に打ち込んだ木戸さんの思いを代弁した。

 昨年は猪木さんが死去し、木戸さんも亡くなったことで新日本の旗揚げメンバーで存命なのは、藤波と北沢氏の2人だけとなってしまった。藤波は「選手が一番少ないなかで巡業を回ってましたからね。いろいろな思い出がよみがえってくるけど、今はあぜんとして言葉にならない。寂しさが募ってきますけど、木戸さんには本当にありがとうございましたと言いたいですね」と故人をしのんでいた。