新日本プロレスやUWFで活躍し、〝いぶし銀〟のニックネームで知られるプロレスラーの木戸修さんが11日に73歳で死去していたことがわかり、木戸さんと親しかった元新日本プロレス取締役の上井文彦氏(69)がその素顔を明かした。
木戸さんは新日本を退団して1984年9月に旗揚げしたUWFに参加。85年12月には新日本に復帰したが、上井氏も行動をともにしており、公私にわたって40年近い付き合いになる。それだけに「(アントニオ)猪木さんが亡くなった時よりショック。みんな木戸さんがとっつきにくいと思っていたけれど、僕にはずっと優しかった。『早く、復活して俺を焼き肉に連れてってくれよ』と励ましてくれた」と声を落とした。
多くの関係者が「人見知り」で「堅実だった」と証言する木戸さんだが、上井氏にだけは心を許していたと言い、よく缶コーヒーをおごってくれた。上井氏がそれを道場で話すと「みんな、びっくりしていた。『あの木戸さんにおごってもらったんですか』って。僕の自慢のタネです」と、当時を懐かしんだ。
木戸さんは猪木さんとともに1970年代にブラジル遠征を敢行。ブラジリアン柔術の強豪だったイワン・ゴメスと渡り合った。木戸さん自身も「あの時、ブラジルのやつらはリングに殴り込んできたけど、俺がやってやったんだ」と〝武勇伝〟として語っていたという。
一方で時には本音を口にすることも。UWFから新日本に復帰した後、「今の若手はどうのこうのって、口ばっかり達者だよな」と、ぽつりとこぼしていたという。上井氏は「当時の若手は『木戸さんこそ違う』と思っていたかもしれないが、木戸さんは常に鍛えていたからね」。木戸さんも猪木さんの「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」の精神を受け継いだ一人だった。
2001年11月に一度は引退したが、05年に上井氏の「ビッグマウス・ラウド」で復帰。上井氏は神奈川・横須賀の自宅まで行き、出場を直談判したが、「いいよ」とあっさり承諾してくれたという。
まな娘でプロゴルファーの木戸愛は最近、結婚を発表した。「アスリートとして、愛ちゃんを厳しく育てた。愛ちゃんもお父さんを尊敬していたし、(病床の)お父さんのことを考えて結婚を発表したんじゃないかな」と上井氏は話し、天国の〝いぶし銀〟をしのんだ。












