【森脇浩司 出逢いに感謝(49)】1995年、王貞治監督1年目にはメジャーで本塁打、打点の2冠王となった大物助っ人のケビン・ミッチェルが注目された。西武との開幕戦に4番で出場すると、初回の無死満塁から初打席で満塁本塁打ですよ。大金を使うわけですから性格面も調査するし、それでもやってくれるという判断で獲得するわけです。彼はメジャーでフルに出たシーズンとそうでないシーズンがあり、フルに出れば必ず何かしらのトップの数字を残すけど、トラブルで半分しか出ていないこともある。そういうことも織り込み済みでした。

 僕とはなぜか仲がよくて、相談相手みたいになってたんです。来たばかりの外国人選手ってナーバスになるし、成功するには日本の文化や風習に慣れることが大事ですよね。僕もサポートできたらいいと思っていたら、初打席であの衝撃でしょ。さすがだと思いました。

 でも気分にムラがあった。神戸の遠征中、金曜がナイターで、土日がデーゲーム。金曜の試合には出て、土曜日のグラウンドに彼が出てこないわけです。トレーナーや通訳に聞くと、宿舎にいて体調が悪いらしく「なかなか気持ちが前向きにならない。見てきてください」と言うので心配して彼の部屋を訪ねました。

 そしたら彼は洗面所で何をしていたかというと…指を口に突っ込んで、無理やり戻していた(笑い)。要は体調が悪いといっても事実がない。体温を測っても熱はないし、ただしんどいというだけなんで、何か事実がほしくて「体調が悪くて戻した」というわけです。こいつは何をするんや、困ったやつやと(笑い)。ナイター明けのデーゲームなんで気分が乗らなかったんでしょ。もともと気持ちのコントロールがうまくきかなかったんでしょうね。

 フリー打撃だけ見てもモノが違うし、能力だけで実績を残したわけではなく、スピリット、備え、技量がある選手。気心が知れていたんですが「昨日と今日でなんでこんなに気持ちがガラッと違うのかな」と思うことはありましたね。案外起伏が激しかった。試合に出れば何とかなるのにヒザが良くないと言ってなかなか出ない。そのうち案の定「帰る」と言い出したんで、王監督含めて現場からしたら戦力的にそれは困ると…。そしたらフロントの根本陸夫さんは「帰りたいやつは帰しゃいいんだ。置いてても働きゃしねえ。最初から分かって取ってんだ。ホントにやりたけりゃまた来る。それでいい」とサラッと言われたんですね。

 ミッチェルは5月に帰国し、7月に再来日したものの、8月に再び帰国。わずか37試合の出場で8本塁打の成績を残し、解雇されました。途中帰国も案の定だし、ずっと出ていればタイトルを取っていたかもしれない。

 その年のホークスは5位に終わった。世界の王さんだから選手、コーチが遠慮していたのでは?とよく言われましたけど、それはこちら側の言い訳だと思うんです。