【森脇浩司 出逢いに感謝(45)】1993年、福岡ドームが新設され、根本陸夫新監督が就任。僕にとっても大きな節目の年になりました。根本さんは眼光の鋭い独特の雰囲気を持った方で、野球人というより「球界の寝業師」の印象が強かった。すごく包容力もある方で僕はかわいがってもらったと思います。

 いろんな課題がある中でどういう人をコーチに置くか、コーチが選手を導くためにはどんなノウハウが必要か。根本さんはよく僕にこう話してくれました。「球界にはろくなやつがおらん。自分がやってきた感覚のまんま指導者になって言葉の勉強もせずに自分の感性だけで押し付けたり伝えたりする」って。僕が後に指導者になった時に肝に銘じて歩んだことでもありました。

 グラウンドでは中心選手を作らなきゃいけない。フロントの仕事が長く、ここまでできるなら次は勝てる監督を呼び、自分はこちらに行こうとか、そういうスタンスでやってこられた方。自分で優勝する必要がないとまでは考えてないにしろ、先々を考えてはいたと思います。

「シー アラウンド ザ コーナー」という言葉があるんですが、角の先が見えるか…これは指導者、リーダーって絶対必要と思うんです。イマジネーション能力。1年先、2年先、近い将来にこういうアスリートになる、こういう人物になる。だからこいつに賭けようとかね。根本さんはこれまでのダイエーの歩みを見て、この期間にこれだけのことをやって、もしうまくいかなければこうしなきゃいけないとか、そこまで考えておられたと思いますね。

 僕の場合はありがたいことに個人的にそういう話をしていただいた。2年目のキャンプで監督に呼ばれて「これからダイエーがどういう歩みをするのか、どういう動きをしてきたのかをメモしとけ。それがお前の財産になるから」と言われましたね。「お前は俺と歩んできた道が一緒なんだから」って。歩んだ道は違いますよって…。僕らからしたら謎の多い方でしたし、いろいろな業界の人たちとのつながりもあったりでね。

 あの人はいつもパイプを吸っているんです。臭いが残っていたら「監督がいたんだな」と分かるんです。高知市営球場のキャンプ中にベンチでパイプをくわえて記者と話してる。話し方も内容も独特ですし、野村克也さんを番記者がよく囲んでいた、あんな感じですよ。そのままグラウンドに出て行って選手に守備の指導したりするので僕が「グラウンドの中でタバコはやめてください」って言いました(笑い)。後に根本さん「俺にそんなこと言うのはお前だけだ」って言ってましたけどね。

 根本さんの頭の中には西武の時のようにある程度できたら他の誰かを呼んでくるというものがあったのかもしれない。それが王貞治さんになるんです。