【森脇浩司 出逢いに感謝(46)】根本陸夫監督は自分が指揮を外れても別の役職で残るという契約をしていたと思います。この先、必ずダイエーは強くなる。強くない組織がどのようにして強くなっていくか、勝てるチームになっていくのか。後年にダイエー、ソフトバンクの黄金期が訪れるわけですが、僕に「どのような動きになっていくかをメモしとけ」と言ってくれていたんですね。変化にどんな背景があるかを見とけということだったと思います。
僕がその時にコーチだったら分からないでもないですが、まだ現役の選手ですから…。ある意味「俺、もうすぐ選手終わり?」って捉えることもできるけど、キツい練習の中の1コマとして、監督に呼ばれて話をしてもらっている時間はすごく幸せでした。僕が将来的にダイエーと歩んでいくやつと思ってくれていたんでしょう。
多角的に物事を見る。1996年に僕が引退する時、引退会見をして当時社長だった根本さんに呼ばれて2時間半、いろんな話をされました。テーブルにコップがあった。「お前のほうから見たらどんな形だ。誰が見ても丸でしかない、四角でしかない。そういうものほど、向こう側に行くとか、上や下から見るんだ。その努力を惜しんだら人を導くことはできない」と言われましたね。
それまでもそういう話をしてくれていたし、二軍コーチ就任も決まっていました。あえて節目でまた言ってくれたんですね。僕に日記をつける習慣があることも根本さんは分かっていた。「この先もお前とは会うし、なんかあったらどやすぞ」って(笑い)。
ある日、キャンプ中に近鉄時代の恩師の西本幸雄さんが評論家で高知に来られたんですね。その時の根本さん、駆け寄って背筋を伸ばして一礼してあいさつされた。その光景は忘れられない。西本さんは球界の大親分みたいな人だし、根本さんの中にも大先輩へのリスペクトの気持ちが強かったんでしょうね。近鉄というつながりもあるし、監督として歩まれた道ということでたくさん参考になっていたと思います。僕がスタートした西本さん、根本さんと一緒に会っている。久しぶりに姿を見た瞬間は涙が出ました。
根本さんは話好きでもあるんだけど、いろんな付き合いがあって忙しい方でした。グリーンスタジアム神戸で試合後、移動バスの中でスーツに着替えていつものハットをかぶって途中で降りるんですよ。どこに行ったんでしょうか…。「2000のルートを持つ男」なんて言われていたので、選手獲得の動きだったのかもしれませんよ(笑い)。
西武のフロント時代から「あの人の行動だけはつかめない」という話でしたし、海外でも小さなバッグ1つで長期滞在に出掛けたり…。かっこいいんですよ。キセルをふかせ、まさにゴッドファーザーさながらですよね。












