【森脇浩司 出逢いに感謝(44)】福岡ダイエーホークスは田淵幸一新体制になっても3年間、結果が出なかった。1990年が借金44で最下位に終わり、翌91年も5位。92年は佐々木誠が首位打者と盗塁王、オリックスから加入したブーマーが打点王を獲得したものの、4位に終わりました。

 ペナントレースを勝ち抜くというイメージはなかなか出てこなかった。みんな諦めているわけではないし、全部負けるわけじゃないし、優勝するチームだってお客さんに失礼な試合はある。でも優勝争いをするとなるといくつかのことは必要で、セットアッパーとクローザー、一定のアベレージでアウトを取れるディフェンス陣。攻撃もバランスよく出塁率のある1、2番がいて得点圏打率のあるクリーンアップがいるかどうか。

 佐々木が南海で出てきて、さらにダイエーで力をつけた。ブーマーも打点王を取って、91年には大野久も盗塁王を取っている。個人タイトルに手が届いた選手はいても、トータルで厳しかったのが現実で課題でもありました。

 そんな中で田淵さんが退任され、球場も93年に新設された福岡ドームに移転。新監督として根本陸夫さんが来られた。僕にとっても人生の展開がすさまじいですよ。近鉄から広島にトレードされ、その後に南海に移った途端にダイエーに身売り。福岡に行き、今度はとんでもない球場で試合をすることになった。屋根付きの球場は東京ドームで経験していたけど、比べ物にならない規模。オープニングイベントに行った時、屋根が開いて光が差し込んできた。感慨深いというか、新時代の夜明けのような気持ちでしたね。

 田淵さんはわれわれの時代のスターで華やかな印象でしたが、今度は根本さんが来られる。ドーム元年ですからファンはどう思ったか分かりませんけど、根本さんは田淵さんとは「筋」が違うスターなんです。僕にとっては大きな節目だったし、その予感があった。それまで僕は接点がなく、自分の中では大きな転機になるタイミングであり、出会いでした。

 根本さんの印象は…目が鋭い。球界の常識というか、根本さんがどういう人かは多かれ少なかれ知ってるし、どういうことを学べるんだろうと思った。白いハットをかぶって白スーツで独特な雰囲気があり、眼光が鋭いのと同時に包容力がある方。駆け出しのころの西武で監督をされ、地固めして土台ができたら交代して広岡達朗さんに譲った。フロントを長くやっておられたんで、野球人とか監督というより「球界の寝業師」の印象ですよね。

 でも低迷するチームを立て直さなきゃいけない。平和台から広い福岡ドームに変わる。まずは投手をそろえ、育てるということ。いろんな課題を抱える中、チームを導くリーダーの存在を考えておられたと思います。根本さんが僕によく話してくれていたことは…。