【森脇浩司 出逢いに感謝(42)】福岡ダイエーホークスの投手陣はエースが山内孝徳さん、山内和宏さん、新鋭の加藤伸一、抑えの井上祐二が中心でした。野手なら佐々木誠、岸川勝也、そして地元出身のカズ山本さんこと山本和範さんですね。メディアに出ることも多く、職人肌の存在感でチームを引っ張っていました。
言葉で動かすわけではなく、独特のキャラクターで知れば知るほど魅力的な人ですよ。カズさんとも若いころからご縁がありました。僕は近鉄時代、先輩の久保康夫さんに大阪・池田のバッティングセンターに連れて行ってもらったことがありました。そこの社長を紹介され、後にカズさんにも「俺も1回連れて行ってくれ」と言われ、紹介したんですね。その後、カズさんは1982年に近鉄から戦力外通告を受け、九州に帰る途中に池田の社長のところへあいさつに寄ったらしいんです。
「お世話になりました。クビになったので帰ります」と言うと、社長が「このまま九州に帰ったら野球ができなくなる。もしよかったらウチで寝泊まりして大阪にしばらく残ったらどうだ。他の球団と縁があるかもしれない」と引き留めた。それが山本さんの転機になったんです。翌年、南海とつながりを持てて契約し、オールスターに出るわの大ブレークとなるわけです。もちろん縁があっても本人に実力があってのことです。
近鉄―南海―ダイエー―近鉄と渡り歩き、99年9月30日のダイエー―近鉄戦(福岡ドーム)の最終戦がカズさんの引退試合となった。その最終打席でホームランを打つんですよ。こっちはこっちで優勝してるし、試合後のセレモニーがある。カズさんは自分の引退試合でもあるから先に場内を一周し、ファンの人たちもカズさんに紙テープを投げちゃってました。それくらい多くの人に愛された。地元出身だし、水島新司さんの漫画にもなったし、知れば知るほど魅力的な人です。
耳が少し聞こえにくい分、目が利く。別の感覚が鋭くなるんでしょうが、確固たる打撃技術を身につけることにつながったと思う。練習量もすさまじかったし、センスも素晴らしかった。足が速いのも長所だし、外野から投げるボールのコントロールがよかった。打てるけど、足が遅いとか、守備が…という選手はいるけど、左打者でカズさんほどの技術があれば1年間で300打席、400打席立てば確実に打つ。キャリアも積まれ、ダイエーホークスが誕生するころには中心選手として、技と背中で引っ張る存在でした。若い選手も追いつけ、追い越せでした。
ダイエー時代は待遇面も南海とは違いました。大手のスーパーですし、系列でオリエンタルホテルを持っていたので、宿泊すると用意された食事がいいんですよ。食事会場に行くとステーキとかはもちろん、こんな豪華なデザートがあるのかっていうくらい。球場の選手サロンも…。












