【平成球界裏面史 近鉄編⑦】近鉄、オリックスの球団合併は通過点でしかない。NPBオーナー陣はその先に1リーグ制移行を見据えていた。平成16年(2004年)の重大ニュース「球団合併」というキーワードは「球界再編」へシフトチェンジ。7月7日のオーナー会議を境に急展開を見せることとなる。

巨人の渡辺恒雄オーナー(2004年7月)
巨人の渡辺恒雄オーナー(2004年7月)

 当時、同会議の議長だった巨人・渡辺恒雄オーナーは「私もそうだが1リーグにした方がいいという意見が多い」と明言。球界の盟主とうたわれてきた巨人の総帥の言葉は非常に重かった。

 すでに1リーグ制移行は決定事項のごとく、10球団での東西2地区制や、前後期制を採用するアイデアなどがズラズラと並べられた。そこに民意やファンの意思はない。雲上人たちがNPBを1リーグにしてしまうんだろう。現場でもそういう空気を感じていた。

ダイエー・中内オーナーと西武・堤オーナー(2004年7月)
ダイエー・中内オーナーと西武・堤オーナー(2004年7月)

 この時期、普通に試合は行われていた。建前上、勝負ごとに関する取材がメーン。それでも、球界再編問題に関する質問は必然的に多くなってしまう。近鉄、オリックスだけではなく、当時の労組選手会会長だったヤクルト・古田敦也には取材が集中した。

 7日のオーナー会議直後の試合後、取材陣から「オーナー陣と直接、話をする機会を希望するか」という趣旨の質問を受けた古田はこう返答した。

「うーん、そうですねぇ。いいですね。開かれた感じでいいと思います」

代表者会議に臨んだ選手たち(2004年7月)
代表者会議に臨んだ選手たち(2004年7月)

 この発言は現場の記者からデスクへと報告される。そして、デスクから各球団担当記者への取材指示という形で伝達されていった。

 古田選手会長が球団代表レベルだけではなく、オーナーとの直接対話も希望している。このニュアンスを各球団オーナーに伝え反応を取る取材がなされることになる。

 ここで最も発言が注目されたのは巨人・渡辺オーナー。都内での会食後、待ち構えた取材陣から「できればオーナーともお会いしたい」と伝わればよかったのだが、伝言ゲームが思わぬ展開に発展する。「代表レベルでは話にならないのでオーナーと直接対話したい」と、質問が振られたため〝世紀の暴言〟が飛び出すことになった。

「無礼な。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が」

 当時の渡辺オーナーは飲酒を伴う会食後であり気の毒な部分もある。直後に「立派な選手もいるけれどもね」とフォローも入れたが、時すでに遅しだ。

 口が滑ったのか。本音が出たのか。「たかが選手」。この言葉は格好の見出しとなった。スポーツ紙のみならず一般紙、テレビの情報番組も連鎖して一斉に報道された。

 過去の野球の歴史を紐解くと、巨人有利といわれたルール改正が何度もあった。FA制度やドラフトでの逆指名制度の導入など。強引さが見えた渡辺オーナーに対し世間からの拒否反応は少なからず存在した。それも相まって世論は「ファン軽視」だと猛バッシングが始まり、今でいう〝炎上〟の状態となってしまった。

合併反対を訴えるファンと横断幕(2004年7月)
合併反対を訴えるファンと横断幕(2004年7月)

 ただ、この発言には思わぬ副産物もある。野球ファンが毎年、楽しみにしているイベントだ。実は当時は夢だった〝対戦〟はこの流れから生まれたものでもあるからだ。