前回は史上最強コンビと呼ばれた故ジャイアント馬場さんと、故アントニオ猪木さんの「BI砲」が「生傷壊し屋コンビ」ことディック・ザ・ブルーザー、クラッシャー・リソワスキー組に敗れ、王座奪回を果たした試合について触れた(1969年8月11、13日)。今回は金看板のインターナショナルタッグ王座防衛戦で初めて敗れた試合を取り上げたい。

BI砲からベルト強奪、祝杯を挙げるスナイダー(左)とホッジ
BI砲からベルト強奪、祝杯を挙げるスナイダー(左)とホッジ

 BI砲は67年10月31日大阪でビル・ワット、ターザン・タイラー組から同王座を初奪取。68年1月広島で予定されていた初防衛戦は、猪木が大雪の影響で会場入りできず王座返上。同年2月3日大田区でリソワスキー、ビル・ミラー組と決定戦を行い、改めて王座に就いた。以降は無敵の11連続防衛を続けたが、69年1月9日広島ではダニー・ホッジ、ウィルバー・スナイダー組という“超強豪”コンビを挑戦者に迎える。

 “原爆男”と呼ばれたスナイダーは元AWA世界ヘビー級王者で64年1月には“鉄人”ルー・テーズのNWA世界ヘビー級王座に挑戦、60分時間切れ引き分けの名勝負を展開。66年の第8回ワールドリーグ戦で馬場と決勝戦を争い敗れている。危険なパイルドライバーが武器だった。

 一方の“鳥人”ホッジは元NWAジュニアヘビー級王者で実に王座を7度戴冠。65年4月から71年5月まで約6年の長期政権を樹立した。68年1月には国際プロレスでテーズから初勝利を挙げTWWA世界ヘビー級王座を獲得した強豪だ。

 その2人が組んだのだから「生傷壊し屋」コンビに匹敵する難敵となった。同年1月3日札幌の初挑戦では60分フルタイムを戦い抜きV11を達成したものの「BI砲危うし」の声も多かった。再戦となったこの試合は大激闘の末にBI砲が1―2で敗れている。王座戦初敗退を本紙は1面で報じている。

馬場をKOしたスナイダーのパイルドライバー。危険極まりない角度だ
馬場をKOしたスナイダーのパイルドライバー。危険極まりない角度だ

「馬場、猪木組が原爆男スナイダー、鳥人ホッジに血だるまにされてインターナショナルタッグ選手権を失った。開始から異様な殺気を含み、早くも猪木が場外でスナイダーにイスで乱打され大流血。血だるまでホッジの必殺兵器バックフリップで叩きつけられ18分8秒、先制された。2本目はBI砲が死に物狂いの逆襲。馬場がホッジを脳天チョップで叩きのめし、猪木が血しぶきを上げてコーナーからホッジへニードロップ、卍固めでタイに持ち込んだ。しかし決勝ラウンドはスナイダーが暴風の大暴れ。レフェリー不在のリングで馬場をイスで叩き伏せ、恐怖の必殺パイルドライバーを爆発させてKO。ついにインタータッグ王座を強奪してBI砲の連続防衛記録は11でストップした。スナイダー組はこの日が47回目のタッグ。猪木、馬場を孤立させ、猪木を前半で潰し、後半も馬場1人で勝てるわけがなかった」(抜粋)

 フィニッシュのパイルドライバーは今見ても危険極まりない。馬場が完全KOさせられたのも納得がいく。完敗だった。しかし馬場は1月11日大阪のインターナショナルヘビー級戦でスナイダーを撃破。V6で精神的優位に立つや、2月4日札幌のリマッチでは、1対1のタイから、初めて馬場と猪木が同時にコブラツイストで捕獲する奇襲攻撃に出て場内を驚かせた。

再戦では馬場がスナイダー(右)をコブラツイストに捕らえ、猪木がホッジ(左)をカット(69年2月)
再戦では馬場がスナイダー(右)をコブラツイストに捕らえ、猪木がホッジ(左)をカット(69年2月)

「馬場奪還 土壇場の逆転 死力の奇襲的中」の見出し通り、何と馬場がスナイダーをコブラツイストで仕留め王座奪還に成功した。引き出しの多さもまたBI砲の魅力と底力であった。その後「生傷壊し屋」に敗れるまで4度の防衛を重ねてBI砲は円熟味を増していく。 (敬称略)