ノアのエース・清宮海斗は、来年1月1日に東京・日本武道館で宿敵・拳王とV3戦に臨む。9月25日名古屋で“プロレスリングマスター”こと武藤敬司直伝の変型閃光魔術弾で撃破した相手との再戦になる。
12月12日には“キック界の神童”こと那須川天心を輩出した「TEPPEN GYM」で元RISEライト級王者の白鳥大珠とキック特訓を行った。王座奪還の前も巡業中にもお寺を回り、ルーティンとして「座禅特訓」も行っていたという。
意外だが、ノアの創設者で初代GHCヘビー級王者の三沢光晴も、特訓は嫌いだったが福岡を訪れた際は必ず某山中の滝に打たれるなど“求道的”な部分もあった。修行により集中力を高めて精神強化を図るという点では、新王者は先駆者の魂を継承しているわけだ。
その三沢は今から21年前の2001年4月15日有明コロシアム大会で初代GHCヘビー級王座決定トーナメント決勝戦(16選手参加)を髙山善廣と争い、激闘を制して初代王座に就いた。ノアにとっては初めてのヘビー級王座で、後に“絶対王者”となる小橋建太が負傷で長期欠場中ということもあり、前年にノアを創設した三沢にとっては絶対に負けられない戦いだった。
1回戦(3月18日有明)は齋藤彰俊、2回戦(4月4日岡山)はタッグパートナーの試合巧者・小川良成が相手とクセ者が続いたが、いずれも何とかクリア。しかし4月11日広島の準決勝は大苦戦した。相手は秋山準。秋山は三沢の爆弾である首にエルボーの集中砲火を浴びせてフロントネックロックで絞め上げた。さらに場外でエクスプロイダーを炸裂させるが、いち早くリングに戻ろうとした秋山の足を引っ張り、三沢が鬼の形相で阻止。まさかの両者リングアウトとなった。協議の結果、再試合となるや、エビ固め合戦となり、三沢が秋山のジャックナイフ式を逆に丸め込む巧みさでわずか90秒で決着をつけた。
三沢はこの試合の前に「秋山と(準決勝で)当たればそこが大きなポイントになるよね」と語っていた。最大のピンチを乗り越えた三沢は決勝で髙山と激突。髙山もまた準決勝でベイダーに反則勝ちという薄氷の勝利で決勝の舞台へ進んだ。
「まさに死闘だった。パクリと割れて肉がむき出しになった三沢のアゴが全てを証明していた。一進一退の15分過ぎ、髙山の前蹴りが三沢のノド元を直撃。アゴはまるで唇のように口を開け、上半身は鮮血で染まった。だがこの負傷が闘争本能に火をつけた。炎のエルボーを乱射して逆十字、裏十字固めの関節地獄。髙山はタイガースープレックスで反撃するが、三沢はエルボーの追撃弾を放った。そして最後はエメラルド・フロウジョン。このところリングの話題を秋山らに独占され、ファイター・三沢としての印象は影をひそめていたが、そんな憂うつも吹き飛ばす文句なしのKO劇だった。三沢がシングルベルトを巻くのは99年10月以来、約1年半ぶり。社運をかけて自らが創設したベルトだけに喜びもひとしおで『長かったなあ』としみじみ語った」(抜粋)
当時三沢が「3冠と違ってまっさらなベルトだからね。誰にも認められるように価値を高めていかないと」と語っていたことを思い出す。三沢は7月の初防衛戦で秋山にリベンジを許して王座を失うも、通算3回の戴冠を果たした。その後、絶対王者・小橋、連続防衛記録14回を保持する杉浦貴、5回の最多戴冠を誇る潮崎豪らが三沢を継承して新たな時代をつくった。そして今は清宮が最高峰のベルトを巻く。
元日決戦ではグレート・ムタ対WWEの中邑真輔の超夢カード、丸藤正道と新日本プロレスのKENTAが約8年ぶりにタッグを組む。清宮は拳王だけでなくこれらの黄金カードとも“勝負”しなければならない。「誰からも愛される好青年」から堂々たる王者の風格と貫禄に満ちてきた。王座設立から21年。創設者は09年に志半ばで急逝した。“師匠”武藤も来年2月に引退する。清宮がこれまでの誰とも違う、まっさらな地平に立つ新たな時代の象徴となることに期待したい。 (敬称略)












