【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】ギネスレコード達成とはならなかった。それでも「この年齢(56歳)でもしっかり準備して挑戦したことに意義があると思います」とやり切った笑顔を見せたのは、NPB史上唯一のスイッチピッチャー・近田豊年さん。10月12日に、わかさスタジアム京都で、左右両手投げ合計265キロの世界記録に挑戦した。

 記録達成を見届ける立会人として阪神時代のチームメートで、楽天初代監督・田尾安志氏(68)を招待。夫人や長男、長女を含む多くのギャラリーが見守る中、左右両腕で全力投球を披露した。

 結果は左122キロ、右111キロの計233キロ。ギネス記録には32キロ及ばなかった。「結果は及びませんでしたが多くの方々に励まされ、トレーニングを続けることができた。この場に立てたことに感謝です」。56歳のチャレンジにギャラリーから盛大な拍手が沸き起こった。

 挑戦にあたりクラウドファンディングも実施した。18万円あまりの支援を受けグラウンド使用料、計測機材、ボールなどの経費に充当した。

 近田氏は昭和40年生まれのいわゆるプロ野球40年会世代。ヤクルト・古田敦也、池山隆寛、オリックス・星野伸之らと同期だ。その中で目立った存在ではなかったが、左右投げという話題性と謙虚な人柄で人気者だ。

 現在はゴルフのレッスンプロとして活躍。関西を中心に17校を展開する「駅前ゴルフスクール」の校長先生として活動している。

「これからの世代、子供たちがいろんなことに挑戦できる世界であり続けてほしい」

 昭和ノスタルジックな時代を思わせる左右投げ。だが、遠い未来では珍しくなくなっている可能性もゼロではない。

 令和の現代、投打二刀流・大谷翔平が100年の時を超え、ベーブ・ルースと比較されメジャーを席巻している。何も無理なことなどない。将来に夢を繋ぐことが大切。左右二刀流・近田氏の挑戦に、心動かされた人たちのなかから「令和の左右二刀流」が出てくるかもしれない。

☆ちかだ・とよとし 1965年12月11日生まれ、高知県宿毛市沖の島出身。明徳義塾高から83年センバツで甲子園出場。その後、本田技研鈴鹿(現Honda鈴鹿)を経て南海にドラフト外で入団。90年オフ、トレードで阪神に移籍し。91年に引退。NPB公式戦では左でのみ登板している。現在はゴルフレッスンプロ。

☆ようじ・ひでき 1973年生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、ヤクルト、西武、近鉄、阪神、オリックスと番記者を歴任。2013年からフリー。著書は「阪神タイガースのすべらない話」(フォレスト出版)。21年4月にユーチューブ「楊枝秀基のYO―チャンネル!」を開設。